侵入者
扉を開けるとそこには、いつも通りの従者の装いのクローディアスが立っていた。
整った姿勢。無駄のない所作。
そのすべてが、いつもと変わらない。
「悪い。待たせた。」
「いえ、問題ありません。寄り道さえしなければまだ時間に間に合います」
いつもの如く言葉の言葉の節々に棘を感じさせる物言いだ。
だが、その落ち着いた声に今は救われる気がした。
「……行くか」
「はい」
式典の会場である1階の大広間に向かって歩き出す。
道中の廊下は静かだった。
式典前の緊張感はあるものの、騒がしさはない。
俺とクローディアス、2人分の足音だけが規則的に響く。
上質なカーペット越しに石床を踏む感触と、靴音の反響。
それがやけに耳についた。
周囲には人の気配がある。
使用人たちが行き交い、遠くでは短く指示を飛ばす声も聞こえている。
本来なら、もっと雑多な音が混ざるはずだった。
誰かが足を止め、言葉を交わし、物を運ぶ音が重なる――そんな当たり前の光景。
だが、どこか違う。
音はあるのに、広がらない。
押し殺されたように、一定の範囲から外へ漏れてこない。
そのせいか、自分たちの足音だけが妙に浮いて聞こえた。
「……」
無意識に歩幅が揃う。
クローディアスの隣を歩きながら、レインはわずかに眉を寄せた。
本来ならば俺が前を歩いて、その数歩後ろをクローディアスが歩くべきであるのは分かっているのだが、さっきから、妙に落ち着かない。
そんな落ち着かない俺の様子を理解してか、クローディアスも咎めない。
こんなにも落ち着かない気持ちに襲われている理由は分かっている。
首筋だ。
触れているわけでもないのに、そこに“ある”と分かる。
意識を向ければ向けるほど、存在感を増してくるような感覚。
皮膚の上ではなく、もっと内側に刻み込まれているような違和感が、じわじわと広がっていく。
「……クロ」
「はい」
すぐに返ってくる声は、いつも通り落ち着いている。
「……いや」
自分の方から呼びかけておきながら、言葉が続かない。
何を言おうとしたのか、自分でもはっきりしなかった。
ただ、こんなにもはっきりしない状態で、この違和感を口に出していいものか、判断がつかない。
「……なんでもない」
「……承知しました」
それ以上の追及はされなかった。
それ以上は踏み込まれない。
その距離感が、今はとても有り難かった。
「……ん?」
不意に視界の端で、空気が揺らいだ気がした。
錯覚かとも思ったが、妙に感触が生々しい。
風ではない。
音でもない。
視界の端で、何かがわずかに歪んだような違和感。
「どうかされましたか」
「いや、今――」
「ッ……!レイン様!下がってください!」
俺が言い終えるよりも先に、クローディアスの声色が変わった。
低く、鋭く、迷いのない命令。
同時に腕を掴まれ、強く引かれる。
体勢が崩れ、一歩、二歩と後退させられた。
「おい、何を――!」
言いかけて、前方へと視線を戻す。
その瞬間、ぞわりと背筋が粟立った。
直前まで何もなかった筈の場所に、白い髪の女が立っている。
音もなく、気配もなく。
現れた、というよりも、最初からそこにいたものを、今になってようやく視界が捉えた――。
そんな感覚だった。
「……ああ」
コツ、コツ、とヒールの音を響かせながらゆっくりと近付いて来る。
と同時に、女が小さく息を吐いた。
「見付けた」
女の視線が、まっすぐに俺を捉えた気がした。
途端にぞくりと背筋に冷たいものが走る。
「……何者だ」
クローディアスが一歩前に出る。
完全に俺を庇う位置取りだ。
腰に帯刀していた鞘から抜き放たれた剣が無駄のない軌道で構えられる。
女は切っ先を向けられても表情を変えない。
ただほんの僅かにに首を傾げるだけだった。
「そこを退いてくれない?」
クローディアスの問い掛けには答えずに自分の要望を口にする。
聞こえていないはずはない。
それでもなお無視したということは――
最初から、会話を成立させるつもりがない。
「……退く理由があると?」
クローディアスの声が、わずかに低くなる。
剣先は微動だにしない。
対する女は、ほんの一瞬だけ視線を俺に向けたあと、再びクローディアスへと戻した。
「理由?あるよ」
その声音には、説得する意思も、脅す意図も感じられない。
ただ、事実を述べているだけのような平坦さで、淡々と告げられた。
「――そこにいるの、私にちょうだい?」




