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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
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現状整理の時間

セレナの空間移動で降り立った先は、建物の外だった。

靴底に伝わる、硬い石畳を踏む感覚。


「ここは……」


近くで、馬の鳴き声が微かに聞こえた。

すぐ近くには見覚えのある馬車。


この街に来た時に乗って来たものだった。


馬車の預り所のすぐ近くに移動したのだと、すぐに理解した。


「取り敢えずは安全、かな?聖女サマたちでも、すぐには追って来れないっしょ」


ノクスが軽く辺りを見渡す。

その口調は軽いものだけれど、完全に警戒は解いていないのが感じ取れる。


「ごほっ……!ごほ……っ!」


不意に、腕の中でティアが咳き込んだ。


「ティア!」


反射的に名を呼び、抱きかかえる腕に力が入る。

崩れ落ちないように支えながら、その顔を覗き込む。


咳のたびに、ティアの身体が小さく跳ねる。

それだけでなく、口端から鮮やかな赤が溢れ出した。

白い肌を伝い、顎を濡らし、そのまま滴り落ちていく。


相変わらず意識は戻らないまま、ぐったりとしていた。


「あらら……。随分派手にやられちゃったねぇ」


ノクスが、ひょいと身を寄せ、真横からティアの顔を覗き込んだ。


「こんな状況になった今、こんな状態のティアを連れて逃げまわるのも、難しいかもしれませんね……」


セレナが続ける。

表情のひとつも変えず、ただ淡々と、事実だけを並べていた。


その言葉に

「まさか見捨てるなんてこと言わないだろうな!?」

と、クローディアスが声を荒げた。


睨むような鋭い視線が、真っ直ぐにセレナを射抜く。


「落ち着いてよ~、黒犬くん」


すかさずノクスが2人の間に割って入り、ひらりと手を振る。


「だーれもそんなこと、一言も言ってないでしょ~?」


それでも

「だったらどういうつもりでそんなことを……!」

食い下がる声には、苛立ちが含まれていた。


その言葉を、セレナは静かに受け止める。


「クロ」


短く名を呼ぶ。

やめろ、と意味を含ませて。


俺の声に、びくりとクローディアスの肩が跳ねた。


反射的に動きが止まる。

わずかに視線が揺れ、言葉を飲み込んだ。


流石に、主人である俺の声を無視することは出来ないらしい。


胸の奥で燻る気持ちを無理やり押し殺す。


一歩下がり、セレナへと向き直ると、

深く頭を下げた。


「申し訳……、ありません……」


絞り出すような謝罪。


「別にいいよぉ?」


くすくすと、ノクスが笑う。


「気にしてないしぃ」


本来はセレナに向けられた言葉の筈。

それなのに、まるで代わりに答えるかのように、横から口を挟んでいるではないか。


(なんでノクスが返事するんだ)


呆れにも似た目を、思わずノクスに向けてしまった。


「……言葉足らずでしたね」


静かに、セレナが口を開く。


「配慮に欠けてました。……ごめんなさい」


目を伏せ、小さな両手を重ねる。

そのまま、深く頭を下げた。

あまりにも素直なセレナの謝罪に、クローディアスは一瞬たじろいでしまった。


「あ、いや……俺の方も、言い過ぎた……」


ばつが悪そうに、視線を逸らす。




一向に意識の戻らないティアを、馬車の座席へそっと寝かせた。

浅い呼吸だけが繰り返される。


顔にこびりついた血を、布で丁寧に拭うと、

そのまま、自分が着ていた上着を脱ぎ、そっと彼女の身体へ掛けた。


少しでも冷えないように。

そして、少しでも不安を感じさせないように。


ティアを寝かせたまま、扉を締め、馬車の外へと出る。


馬車の前に腰を下ろし、その向かいにセレナが座る。

その隣にノクスが位置を取り、3人でゆるやかな円を作るような配置になっていた。


一方でクローディアスは、少し離れた場所に立ったまま。

馬車の扉へ背を預けるようにして、周囲を警戒し視線を巡らせている。


「取り敢えずさぁ」


ノクスが口を開いた。


「現状整理でもするとしますか」


その一言により、状況を整理することとなった。


「ボクたちはアステルの依頼で、ここに調査に来た。で、判明したのは、街の最高権力者とも言える聖女サマ、そしてその側近が呪華で、魅了と幻覚を使って街を支配してる……。ここまではいいよね?」


自分の持っている情報の認識に、齟齬が生じていないか、確認する言い方だった。

改めて丁寧に最初から説明することで、“他の全員が、自分と同じ認識が出来ているか”を確認するように。


そこまで話すと、ノクスの視線がこちらを向いた。


「聖女サマにマスターはいないんだよね?」


俺はこくりと頷いた。

確かにコレットは言っていたのだから。


『あぁでもマスター持ちっていうのも羨ましいわよね』

『お姉様を取り込んでひとつになれたら、私もマスター持ちになれるのかしら?』


悪意など欠片も持ち合わせていない。

ただ、“欲しい”とねだる幼い子どものような目。


それだけなら、まだ無邪気で可愛らしい願いで済んだかもしれない。

だが、その後にコレットが口にした言葉は、可愛らしいという言葉で片付けられない。


『ダメだったら捨てちゃいましょ』

『同じ存在なんだから、なにも問題ないわ』


当然のように口にされた言葉。


思い出しただけでも吐き気がする。

ぞわりと寒気が走り、無意識のうちに自分の身体を抱きしめていた。


「確かに、そう言っていた。フィサリスみたいに契約出来なかったって」


すると、セレナが視線をわずかに落とす。


そのまま顎に手を添えながら考え込んでしまい、

「核である“種”が肉体に存在しないのでしょうか……」

と、小さく独り言のように呟いた。


「種?」


聞き慣れない言葉に、思わず聞き返してしまう。


(なんだそれは?)


セレナは顔を上げ、こちらへと視線を戻した。

顎に当ててていた手をゆっくりと降ろし、自らの胸にそっと添える。



「人間で言う心臓ですね。ここを契約したい相手に触れさせて、強く願うことで契約が成立します」


セレナは淡々と説明した。

だが、その言葉を聞いた瞬間、違和感が強く胸に引っかかる。


「いや、ちょっと待て」


思わず、セレナの言葉を遮っていた。


「待ってくれ……。だとしたらおかしいだろ。俺はティアとそんな方法で契約なんかしてない。だって俺は……。俺とティアは……」


動揺のあまり、言葉が途中で詰まってしまう。


セレナの説明が、どうしても腑に落ちない。

その説明だと、矛盾してしまうのだから。


契約が結ばれたのは、ティアと出会う前のことだ。


カーディナ家の屋敷の庭の外れ。

あの場所で、悪夢のような空間に落とされて、悪夢のような体験をして、一方的に結ばれた。


ティアと知り合ったのはその後だ。

順番が違う。


「うん、だからティアは普通の呪華じゃ無いんだよ」


ノクスとセレナの2人は分かっていたのだろう。

俺がその疑問を抱き、戸惑うことすらも。


表情を変えること無く、言い切ったのだから。


ふと、随分前にされた、ノクスの説明を思い出した。


『知らないようだから教えてあげる。ボクと君の首についてるこれね、呪華に呪われ、契約した証なんだよ。変なものに触ったとか、ヤバい場所に入り込んだとか覚え無い?』


誘拐された日の翌日。

食事の席でノクスは言っていた。


あの時点で2人は既に知っていたのだと悟った。


「……ま、普通じゃないってだけで、詳しいことはボクたちも分かって無いんだけどねぇ。絶賛調査中ってやつ?」


言いながら、ノクスが何気なく空を見上げる。


「そういえば」


ふと、思い出したように口を開いた。


「あいつ、自分のことをティアと同じ黒ユリの呪華だって言ってた」


その瞬間、空気が固まり、

「へぇ……?」

と、ノクスが興味深そうに目を細めた。


「黒ユリちゃんと同じ、ねぇ」



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