コレットの正体
ティアの悲痛な叫びが、建物内に響き渡ってすぐ、弾かれたように駆け出していた。
背後からクローディアスが俺の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
けれど振り返ることもせず、ティアのいる部屋へと急いだ。
閉めて来た筈の扉は開け放たれており、部屋の中から照明の光が漏れ出している。
嫌な予感が止まらない。
無事であって欲しいと願う。
何故目を離してしまったのか。
後悔にも似た思いにも駆られてしまいながらも、部屋の中へと踏み込んだ。
「ティア!」
しかし、そんな思いも虚しく、嘲笑うように、
目の前に広がったのは悲痛な惨状だった。
身体を丸めるようにして、顔を覆うティア。
その上に、コレットが馬乗りになっていた。
ティアの右目にかかる白い髪。
そこに、じわりと滲む赤。
指の隙間から、抑えきれないように滴り落ちていく。
落ちた雫は、白いベッドへと吸い込まれ、
ゆっくりと少しずつ染みを広げていた。
「っ、ティアの上から退けぇええ!」
ナイフを抜き、迷う間もなく、一気に距離を詰めた。
踏み込みと同時に、コレットの胸元を狙い、横薙ぎに振るう。
それをふわりと軽やかな動きで躱す。
後ろへと数歩下がり、ティアの横たわるベッドから距離を取る。
その隙に手を伸ばし、ティアの身体を抱き起こした。
「ティア!大丈夫か!?」
呼び掛けても、返事は返ってこない。
先ほどまで顔を覆っていた手は、力無く降ろされている。
閉じられた瞼の隙間から、赤い血が滲み出る。
涙のように頬を伝い、白い髪を汚しながら、ぽたりと落ちていく。
「痛い……、痛い……っ」
掠れた声が、途切れ途切れに零れる。
意識は定かではないのか、ただ苦痛だけを、譫言のように繰り返している。
「もうっ、お姉様のマスターさん、帰って来ちゃったじゃないの」
場違いなほど軽やかな声。
その声に顔を上げ、コレットを睨み付けた。
それすらも意に介さず、臆することも無く、
「フィサリスってば、もっと足止め出来なかったのかしら?」
くすくすと笑いながら、コレットが肩を竦めた。
「せっかくお姉様と2人きりの時間を楽しんでいたのに」
悪びれる様子は、欠片もない。
まるで、無邪気に遊んでいたところ、
邪魔をされて拗ねているだけのような雰囲気を醸し出していた。
「ねぇ、お姉様のマスターさん」
コレットは、にこりと笑った。
まるで何でもないお願いをするかのように、手のひらをこちらへと差し出す。
「お姉様をこっちに渡してくれない?」
「断る」
当然ながら、即答で拒否する。
ティアをこんな状態にしておいて、差し出す理由などひとつもない。
きっぱりと拒絶されたことで、コレットの表情が揺らぐ。
浮かべていた笑みが、すっと消える。
「どうして?」
心底不思議そうに、きょとんと目を瞬かせる。
理解が出来ないとでも言いたげに。
その問いには答えない。
答えたところで通じる相手では無いと、直感してしまったから。
「……おまえも呪華だな?」
その言葉は、ほとんど確信だった。
俺のことを“お姉様のマスターさん”と呼んだ。
クローディアスのように燕尾服を身に纏い、いかにも使用人ですと言わんばかりの服装や姿勢を、ティアも見せていたのならば、その呼び方自体に違和感が無いだろう。
しかし、そんな風にティアに接したことなど無い。
コレットを警戒して、俺のことを盾にするように背中に隠れる姿。
甘い食べ物に目を輝かせて、クローディアスに止められながらも、甘味を追加してまで無邪気に味わう姿。
弱々しく、看病を受けている姿。
ティアがこれまで見せてきた姿は、従順な主従関係とはほど遠い。
それなのに、“マスター”と呼ぶのは、
一方的に結ばれる契約で縛られた関係を作り出す、それらの存在。
ティアやセレナと同じ、呪華しかいない。
自分が呪華だと指摘されると、
コレットはにんまりと、口元を歪めた。
「そうよ?それも……」
ゆっくりと、こちらへと差し出していた手を引っ込める。
そのまま流れるような動作で、自らの胸元へと手を当てた。
「お姉様と同じ、黒ユリの呪華よ」




