最悪の目覚め
数日の間、身体の気怠さに囚われていた。
起き上がることさえ億劫で、ただ時間が過ぎていくのを待つしかない。
そんな日々を、ただベッドの上で過ごしていた。
二人で眠るには狭いベッドをいつも分け合って眠っていたのに、
そのベッドさえもひとりで占領して、
眠って過ごしている時間が占めていた。
それでも。
レインは、ほとんど眠ることもせずに看病してくれていた。
不満さえも言わず、心配してくれて。
気が付けば、いつもすぐ傍にいる。
それが、どうしようもなく嬉しかった。
目を閉じるたびに、そこにいると分かっているだけで、安心して眠ることが出来た。
飲み物や着替え、タオル。
必要なものを取りに行くために、時折部屋を出ていってしまうことはあったけれど。
そのたびに胸が少しだけ寂しくなっても、
すぐに戻って来てくれると分かっていたから、ちゃんと待っていられた。
良い子で我慢していられた。
安心して眠りについて、
目を覚ませば、そこにレインがいる。
それが、当たり前だったのに――。
「こんばんは」
瞼を持ち上げた先に映ったのは。
絶望だった。
視界の端で、ローズゴールドの髪が揺れる。
頬にかかるそれが逃げ場を塞ぐように垂れ下がり、視界を狭めていた。
アクアブルーの瞳が、細められている。
感情の読めないその目が、上から静かにこちらを見下ろしていた。
「お姉様」
作り物のように張り付けられた微笑がこちらに向けられる。
この人を見ていると落ち着かない。
危険だと本能が告げているようで、近付きたくもない。
そんな彼女が今、目の前にいる。
逃げ場を塞ぐように、身体の両側へと手を置かれ、
ベッドの上で完全に組み敷かれていた。
「っ、いや……!」
咄嗟に短剣を手にして、目の前の彼女、コレットの顔に向けて振り上げる。
しかし、それはあっさりと片手で受け止められてしまった。
「私のご飯、すっごく味わってくれたのね。ふふっ、嬉しい……」
軽やかな鈴が鳴るような声。
耳に心地いいはずの響きだけど、気味の悪さが拭えない。
心の底から嬉しそうに、笑みを深められた。
「いっぱい心を込めて作ったのよ?お姉様の為に」
そのまま、指先が額へと伸び、長い前髪を、そっと払われる。
意図的に塞いでいた右目の視界が、無理やり開かれた。
ノクスやセレナから、隠しておいた方がいいと言われ、
見えないようにと覆っていた右目を。
「私の血をね、お姉様だけのお皿に入れてあげたの。あははっ!苦しい?苦しいかしら。苦しいよね?私を受け入れまいと拒絶反応を起こして、今もこんなにボロボロなんだから!」
くすくすと笑い声が響く。
歪んだ口元。
その表情は、心の底から満たされているようで、
ぞっとするほど、嬉しそうだった。
どうりで身体が異常に重い筈だ。
力が入らない。
思うように動かない。
まるで、内側から蝕まれているような感覚。
目の前で高笑いをする彼女が、“毒と同じもの”を口にさせたのだと。
自ら、告げているのだから。
「れい……ん……」
掠れた声が、喉の奥から零れた。
助けを求めるように、無意識に名を口にしていた。
それを耳にして、コレットの動きが止まる。
途端に空気が張り詰めた気がして、身体が強張ってしまう。
「ねえ……?どうして、助けを求めるの?」
低く、押し殺した声。
「呪いのお姉様。今は私とお話しているのに」
こてんと小首を傾げる。
愛らしい仕草とは裏腹に、その視線は冷えきっていた。
「寂しいじゃない……」
細い指先が、なぞるように優しい手付きで、頬に添えられた。
同時に、短剣ごと掴まれた手を、ぐいと引き寄せられる。
「そんなお姉様なんて……、死んじゃえばいいの」
舌を出して、短剣の白い刃先に舌を滑らせる。
彼女の舌の中心には、黒いユリの紋様が刻み込まれていた。
その中心を赤く染めるように、ブツリと、一筋の線が入り、鮮やかな赤が溢れた。
「死んで……、私と一緒になって?」
満面の笑みで告げられる。
赤く濡れた舌が、こちらへと伸びる。
ぬるりと、這うように。
まるで、
同じ紋様を、上からなぞり、重ね合わせるように。
「いやぁああああああああ!!」
途端に、激痛が走る。
痛くて、熱くて、舐められたところから焼かれるような感覚に襲われて、
耐えられずに悲鳴を上げた。




