残酷な真実
細身の身体。
前髪が目にかかる淡い水色の髪。
ベールから覗く、半開きの瞳は、髪と同じ色をしていて、どこか無気力にも見える。
目の前の少年、ジェイクは目を逸らすこともせず、まっすぐに俺たちを見据えていた。
「いつから気付いていたの?」
「最初に気付いたのはノクスだ。大聖堂で礼拝が行われている時に見てたんだよ。コレットが信者の怪我を治す時。コレットの後ろで能力を使うフィサリスと、その後ろで命令をするおまえの姿をな」
首元を覆う服の構造は、呪華との契約の証を隠すには都合が良かったのだろう。
だがそれでも、能力を使う瞬間に漏れ出す淡い光までは完全には覆い隠せなかったらしい。
孤児院で過ごしている間も、俺が拾ったカバー剤によって、一見なにも無い普通の肌と変わらないように見えていたのだろう。
「今までバレなかったんだけどなぁ」
ジェイクはぽつりと呟き、気だるげに頭を掻いた。
その拍子に、深々と被っていたベールがするりと外れ、音も無く地面へと落ちる。
露わになったその顔を、隠す素振りすら無い。
「孤児院でまで、隠す必要は無かったんじゃないのか?……おまえ以外、子どもなんて誰もいないんだから」
そこまで言うと、ジェイクが観念したように息を吐いた。
部屋の端に積み上げられたそれは、ジェイク以外の子どもたちだ。
互いに身を寄せ合い、重なり合うように倒れ込んでいる。
生気の完全に抜けた色。
元は赤だっただろう、大量にこびりついた黒。
微動だにしない様子から、既に息をしていないことは明らかだった。
「念には念を、ってやつだよ」
ジェイクは肩を竦めながら、どこか他人事のように言う。
「聖女様がお兄さんたちの連れて来た、白い髪のお姉さん……。あの人を、ひどく気に入っちゃったからさ。おかげで、お兄さんたちまでここに出入りするようになった」
言葉を続けながら、ゆっくりと首元へ手をやる。
「そうなれば当然だよね?余計にこれを隠さなきゃいけなくなったよ」
指先で襟を緩めるその仕草は、やけに落ち着いていて。
焦りも、動揺も、まるで感じられなかった。
「しかも、お兄さんたち。アルビオン様の遣いの人たちなんでしょ?この街の本来の管理者の遣いの人たち。そんな偉い人の遣いの人たちに、同類だってバレたりなんかしたら……」
その言葉の途中で、ジェイクは襟をぐい、と引き下げた。
隠していたものを、敢えて見せつけるように。
「真っ先に疑われるのは、僕たちじゃないか」
露わになった首筋。
その首筋には、しっかりと契約者である印が刻み込まれていた。
「そうでなくても、みんなといつもの、穏やかで普通の毎日を過ごしていたかったから。隠してたのに……」
小さく、絞り出すような声。
押し殺していたものが、滲み出たような、頼りない響きで続けられる。
ジェイクの視線が、ジェイク自身の足元へと落とされる。
「そうだよ……」
ぽつりと、零れる。
「僕はただ、ずっと……みんなと一緒にいたかっただけなんだ……」
襟を掴む手に、ぐっと力がこもる。
強く握り締められ、綺麗に整えられていた白い布地には深い皺が寄せられていった。
「あの日、あの時、僕だけが違う部屋にいたから。いつもみたいにみんなと遊ばないで、自分の部屋で本を読んでいたから、僕だけが助かった。
前の院長先生は気に入らないことがあるとすぐに暴力を振るう人だった。
あの日は特に機嫌が悪くて、院のお金を使い込んだのがバレたとかで、帰って来るなり、ここで遊んでいたみんなに当たり散らしたんだ。
何かにぶつかる大きな音がして、すぐにアイラの泣き声が聞こえてきて、フレイとエマの助けを呼ぶ声、セシルお兄ちゃんの怒鳴り声が立て続けに聞こえてきた。
怖くて動けなくって。静かになって、ようやく様子を見に来たら、……みんな死んじゃってた。院長先生も、……みんなも」
ジェイクは、惨劇を目にした当時の記憶を辿るようにして、ぽつりぽつりと語り始めた。
何があったのかを、淡々と。
まだ子どもなのだ。
取り乱し、泣き喚いていても、何ひとつおかしくはない。
それなのに、その声音は妙に落ち着いていた。
どれくらいの月日を、こんな状態で彼が過ごしていたのかなんて分からない。
あまりにも長い時間を過ごした影響で、既に感覚が麻痺してしまっているのか。
涙のひとつさえ、見られなかった。
だが、ジェイクの語る内容が真実だとするならば、
俺たちがこれまで見てきた“子どもたち”は、いったい何だったのか。
疑問を抱いたところで、ノクスが口を開いた。
「ボクたちが見ていた子どもたちは、お人形……、いや、幻覚かなぁ?それも実態がある……。信者さんの怪我も別に治してないでしょ?そう見えてるってだけで、本当はなにも治っていない」
ジェイクの隣に立つ人物を、手のひらを上に向ける形で、指を差す。
「キミだよね?幻覚見せてるの。聖女サマのお気に入りさん」
“聖女サマのお気に入り”
それが誰のことを言っているのか明白だった。
明かりを点けた時点で、ジェイクの隣に立つ人物が誰なのかなど、既に分かっていた。
紺色のベール。
その端から覗く紅緋色をした髪。
見間違えるはずがない。
あれは、フィサリスの髪だ。
彼女は、ゆっくりと両手を上げる。
深く被っていたベールに指をかけ、そのまま持ち上げられる。
ベールの下に隠されていた、鮮やかな緑の瞳が晒された。
「フィサリス……」
小さく、彼女の名前を口にした。
「よく……、わかりましたね。幻覚を見せてるのが私たちだって」
なにも感情を動かされていないような、落ち着いた声色。
睨んでいるようにも見える、その鋭い目はどこか寂しそうに、こちらを見据えていた。
「だってあなたたちがいないと、コレットは能力を使わないじゃないですか」
セレナが続ける。
「コレットがひとりで信者の対応をする時は、誰でも出来るような民間療法しかしないんですもの。おかしいと気付くに決まってます」
「でもさぁ、そうすると、聖女サマの能力って何なんだろうねぇ」
片方の腕を胸の下で水平にし、腕組みをするノクス。
もう片方の肘をその上に乗せて、袖に隠れたままの手を口元に添える。
その状態で考えを巡らせ。
ひとつの結論に至った。
「魅了……、かな?」
その言葉に、フィサリスがぴくりと反応を示した。
どうやら当たりのようだ。
待ちに待った順番が来ても、望んでいた筈の対応は受けられていない。
それなのに誰ひとりとして、聖女であるコレットの対応に不満を漏らさない。
それどころか感謝さえする始末なのだから。
「……恋は盲目って、言うでしょう?」
否定をすることもせず。
目を伏せて、フィサリスが口を開いた。
「信者はみんな、コレットに魅了されてるんです。私が幻覚を見せて、疑念を向けられないように、コレットが魅了する……。たとえ大怪我をしたとしても、治ったと錯覚する。亡くなってしまった方が、生き返ったと、勘違いをする。コレットを盲信したまま……。それこそ、恋をしたかのように」
そこまで話すと、ようやく瞼を上げた。
「外道が……」
忌々しげに、低く押し殺した声で、クローディアスが漏らす。
「いいじゃないですか」
フィサリスは、ゆるやかに両手を広げる。
まるで諭すように、穏やかな声音で。
「見たくないものから目を逸らして。
辛い現実から目を逸らして。
見たいものだけを、幸せだった時の夢だけを見て」
言葉は柔らかいのに、そのひとつひとつが、どこか現実から乖離している。
決して乗ってはいけない甘い誘惑を囁くように、言葉を続ける。
「それで、生きる希望が持てるんですから」
口元に浮かぶのは微笑み。
優しい筈の笑みなのに、どうしようもなく不気味に見えた。
「それより……、いいのですか?」
くす、と喉の奥で笑う。
「こんなところで、私たちなんかに時間を割いて……」
その瞬間。
言葉より先に、嫌な予感が胸を掠めた。
理由なんて分からない。
言葉では言い表せない、漠然とした不安が押し寄せる。
心臓が早鐘を打ち、その音だけがやけに大きく響いた。
やがて、その不安の正体を、嫌でも理解することになった。
「コレットが今、どこにいるか……」
わずかに、間を置いて。
「気にした方がいいかもしれませんよ?」
フィサリスの口元が、にやりと歪んだ。
直後。
「いやぁああああああああ!!」
ティアの悲鳴が、広い建物内に響き渡った。




