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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
62/70

落とし物の正体

クローディアスに見張られたまま、どうにか食事を終える。

パンの最後の一口を飲み込む。


そのタイミングで、

不意に、背後から腕が伸びてきた。


指先までが隠れるゆったりとした袖。

その袖から覗く手が、机の上へと滑り込む。


同時に、もう片方の腕が左肩の後ろから回され、首元へと絡みつく。

軽く身体が引き寄せられ、ぐっと体重が預けられた。


「お坊ちゃんらしくない物持ってるねぇ?」


耳元で囁くような声が耳を擽り、咄嗟に耳を片手で押さえて振り返る。


ノクスだ。

いつの間に部屋に入って来たのか。


伸ばされた手が拾い上げたのは、深夜に拾ったあのチューブ状の物。

指先で摘み上げ、ひらひらと弄ぶように揺らしながら、興味深そうに眺めている。


右肩越しに覆いかぶさるようにして寄せられたその顔は、どこか楽しんでいるようで。

その口元には意地の悪い弧が描かれていた。


「それ、化粧品ですよね?そのような物、持っていました?」


透き通るような声が背後から聞こえた。

セレナまでもが、音も無く後ろに立っていた。


「化粧品?」


思わず聞き返すと、セレナは小さく頷いた。


「つまりねぇ~」


言いながら、ノクスが身体を起こす。

床についていた膝を離し、ゆっくりと立ち上がると、

手にしたチューブのキャップをくるくると回して外した。


中身を押し出し、指先に乗せる。

指先に押し出されたそれは、肌とほとんど変わらない色の、クリームのような見た目をしていた。


それを興味深く眺めていると、

視線に気付いたノクスがこちらを見て、

にこりと、笑みを浮かべた。


嫌な予感。


何も言わないまま、ノクスがゆっくりと距離を詰めてくる。


「ちょ……ッ、おいっ」


ガタリと音を立てながら、後ろへと下がろうとした。

が、椅子の背もたれが邪魔をして、これ以上下がれない。


「なにを……っ」


すぐ目の前に迫る、ノクスの顔。


逃げ場を塞ぐように、クリームの付いていない方の手が頬へと添えられた。


そしてもう片方の、クリームの付いた指先を近付けられ――

首筋をなぞられた。


「っ!」


ひやりとした冷たい感触に、びくりと身体を跳ねさせる。

その反応に気を良くしたように、ますます口元を歪めさせる。


「……こういうこと♪」


やけに低い声が、耳元で落とされる。

吐息がかかるほど近くで囁かれ、意味も分からないまま、思考が停止する。


「……は?」


何をされたのか理解できず、ぱちくりと目を瞬かせていると、

目の前に手鏡が差し出された。


「ほら」


見てみなよとばかりに促され、そこに映った自分の姿を見て。


「あ……」


小さく声を漏らした。


首筋に刻まれた刻印。

ティアと俺とを繋ぐ、契約の証。

首輪のように絡みつく、黒い植物の蔓のようなそれの一部が、途切れていた。


正確には、肌と同色のクリームが上から塗られ、隠されただけだが。


「カバー力すっごいね~。たったひと塗りでしっかり隠せてるじゃん」


ようやく身体を離したノクスが、手に持ったチューブを見ながら感心したように言う。


おかげで、そのチューブの中身がどういったものなのかは理解出来た。

これは、肌の気になる部分を覆い隠すためのものか。

化粧をする者にとっては、必需品といっても過言ではないもの。


だが。

わざわざ人の首に触れて試す必要がどこにある。


「……だからって、他にもやり方があっただろ」


じろりと睨みつけると、ノクスはどこ吹く風といった様子で肩を竦めた。


「おまえの首にも同じのがあるんだから、自分でやって見せれば良かっただろうが」


恨みがましく言葉を吐き出した。


ノクスの首にも刻まれている。

自分と同じような、けれど、わずかに異なる形の刻印が。

セレナとの契約を示す印。


わざわざこちらを実験台にする必要なんてなかった筈だ。


それを指摘すると、ノクスは一瞬だけ目を瞬かせて。

すぐに、いつもの笑みを浮かべた。


「えー?だってさぁ」


わざとらしく言いながら、くるりとチューブを指先で回す。


「他人で試した方が、おもしろいじゃん?」


悪びれもせず、さらりと言ってのける。


それがまた、腹立たしくて、

(こいつ……)

と心の中で拳を握りしめた。



「ところで、結局これはどこで手に入れたんですか?」


先ほどのセレナの問いを、改めてクローディアスによって投げ掛けられる。


ノクスの一件に気を取られて、その質問自体がすっかり頭から抜け落ちていた。


「あぁ、それな」


言いながら、クローディアスの方へと身体ごと向き直る。


「夜中に拾ったんだよ。シスター……、なのかは分からないけど。誰かの落とし物だと思う」


言いながら、記憶を辿る。


暗い廊下の中。

確かに誰かの人影を目にした。

しかし、その姿ははっきりと視認出来ず、曖昧な答えしか出来なかった。


「コレットかフィサリスのものでは無いのですか?この孤児院で女性といえば、そのおふたりくらいしかいないと思いますが」


クローディアスの問いも、もっともだと思う。


この孤児院にいる女性は、コレットとフィサリスの二人。

そう考えるのが自然だ。


だが、記憶の中の人影は、そのどちらも当てはまらない。


「いや……、違うと思う」


軽く首を横に振る。


「その人影はもっと、こう……小さかったというか……」


言いかけて、言葉が途切れてしまう。

あまりにも記憶が曖昧で、説明がうまく出来ない。


「だとしたら、エマかアイラ?でも、二人とも、まだ小さい子どもでしょう?」


セレナが首を傾げた。

それもまた違う気がして、「うーん」と曖昧に唸るしかない。


「そこまで小さい子にも見えなかった気がするんだよな……」


どちらもまだ、体躯の小さいセレナよりも幼く見える。

それに、あの時間帯にそんな子どもが一人で行動しているとは考えにくい。


それにこのカバー剤は、明らかに子どもの遊び道具ではない。

よほどの理由が無ければ、十にも満たない子どもが使う代物とは思いづらい。


おしゃれに興味を持つことはあっても、まだ泥だらけになって外を駆け回っている年頃だ。


腕組みをして、悶々と頭を悩ませてしまう。

ふと、ノクスが何かを思い出したように、「あ」と声をあげた。


どうしたのかと反射的顔を上げる。


そこにあったのは、さっきまでの軽薄さとは少し違う。

面白いものを見つけた子どものような、歪んだ笑みだった。


「そういえばさぁ~……」


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