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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
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深夜の看病と落とし物

静まり返った暗い部屋の中。

誰もが眠りについた深夜の時間帯。


窓の外から差し込む月明かりが部屋を照らしている。


ベッドのすぐ横に椅子を引き寄せたまま、そこに腰を下ろして、体調を崩したティアの看病をしていた筈だった。


それなのに。

いつの間にか眠っていたらしい。

自分の腕を枕代わりにして、前のめりに突っ伏したまま、その姿勢のまま意識を手放していた。


まだ眠気が残る重たい瞼を擦りながら、ゆっくりと身体を起こす。

不自然な体勢で眠ってしまっていたからか、身体の関節が軋む感覚に眉を寄せた。


少しだけ肩を動かして、固まった筋肉をほぐしつつ、前方に視線を向ける。


一人用のベッドでは、ティアが静かに眠っている。

苦しげに吐いていた呼吸も和らぎ、心無しか、朝よりも幾分か落ち着いているように見えた。


しばらく、そのままの姿勢でティアの様子を見つめていた。


規則正しい呼吸。

時折、布団がわずかに上下するだけの小さな動き。


額にうっすらと滲んでいた汗は、もうほとんど引いている。

熱も少しずつ落ち着いてきているようだった。


ティアの額に乗せていたタオルを、そっと持ち上げる。

すっかり熱を吸ってしまったそれは、もう冷たさすら感じないほど乾いていた。


タオルを握り込みながら、そのまま自分の手の甲をティアの額へ当てる。


「だいぶ落ち着いてきた、かな」


小さく独り言のように呟く。

その声に反応してしまったのか。


「ん……」


ティアが身動ぎをし、眉を寄せた。

やがて、ゆっくりと瞼が持ち上げられる。


「ごめん。起こしたか?」


声を抑えて問いかける。

けれど返事は返って来ない。


ぼんやりとしたまま、額に当てていた俺の手を、両手で包み込むように掴まれた。


振りほどこうと思えば、簡単に振りほどけそうなほどに、弱々しい力。

その手で頬に引き寄せられ、頬をすり寄せる。


俺の存在を確かめるように。

温もりに身を寄せるように。

目を細めながらその感触に浸っていた。


抵抗もせず、ティアの思うままにさせる。

少しだけ熱を帯びた、柔らかい感触が、手のひらから伝わってくる。


しばらくして、ティアはその手のひらに口元を寄せると、小さく呟いた。


「のど……、渇いた……」


掠れた声。

そのひと言に、現実に引き戻されるようにハッとする。


「ちょっと待ってろ」


包まれていた手を、そっと外す。

力は本当に弱くて、少し指をほどいただけで簡単に外すことが出来た。


すると、名残惜しそうに、「あ……」と小さく頼りない声がこぼれた。

追い掛けるように伸ばされた手は宙を掠め、すぐにベッドの上へと降ろされる。


その様子に気付いて、ふっと笑みをこぼしてしまった。


ベッド脇に置いていた水差しへ手を伸ばす。

中身はちょうど一杯分だけ残っており、傾けると静かな音を立ててコップを満たしていく。

最後に数滴だけが、水差しの縁を伝って落ちた。


それを手に取り、ティアの肩を軽く支えるようにして彼女の上体を起こす。


「飲めるか?」


問い掛けると、ティアはぼんやりとこちらを見上げたまま、小さく頷いた。


コップを彼女の口元へ近づけると、ティアは小さく唇を開く。

こく、こく、と小さく喉を鳴らす音が、静かな部屋に響いた。





――――






再び眠りについたティアをそのままに、部屋をそっと出る。

音を立てないように慎重にノブへ手をかけ、ゆっくりと押し開けた。


扉を開ける為に、片手で持っていたトレーを、両手で持ち直す。

木製のトレーの上には、空になった水差しとコップが乗っている。


ティアが眠っている今のうちに、水を汲みなおして来ようと考えて、足を進める。


手入れが施されているとはいえ、使い込まれた建物だ。

一歩足を進めるたびに、ギシ、と床板が軋む音が廊下に響く。

静まり返った廊下に響くその音が、やけに大きく感じられた。


既にみんな眠ってしまっている筈の時間。

みんなを起こさないようにとゆっくり歩く。


(ん……?)


ふと、前方で人影が動いた気がした。


窓から差し込む月明かりだけが廊下を薄く照らしていて、後ろ姿のシルエットしか判別出来ない。


腰よりも長いベールのような布。

足首まで隠す、スカートの裾。

特徴的なシルエット。


(コレット? いや……、フィサリスか?)


修道服を着ていて、心当たりのある人物を記憶で辿る。


(いや、違う気がする……)


コレットはもう少し背が高い。

なにより、聖女の名に相応しいとさえ思える、白を基調とした修道服を着ている筈だ。

暗闇でも、その色すら認識出来ないとは考えづらい。


ならフィサリスか、と考えかけて、そこでもまた引っかかる。

あの人影は、それよりもまだ小さく見えた気がした。


考えごとをしている間に、移動してしまったのか。

さっきまで確かにそこにあった筈の影は、もうどこにもいない。

どの部屋へ入ったのかも分からない。

扉を開けた音すら聞こえなかった。


代わりに、人影のあった場所に、何かが落ちているのが目に入る。


(なんだ?)


そっと近くまで寄り、片膝をついて屈み込む。

もう片方の膝で持っていたトレーを支えながら、落ちていた物を片手で拾い上げた。


「……なんだこれ?」


手のひらに収まる、小さなチューブ状のもの。

それがなんなのか分からず、首を傾げる。


薬のようにも見える。

だが、見慣れた薬品の包装とは違う。


さっきの人影の落とし物だろうか。


顔を上げ、先ほどまで人影の立っていた筈の場所を見つめた。


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