セレナの抱える違和感
「どう思うー?」
屋根の上に腰を下ろしたまま、隣に座るセレナへと声を掛ける。
クローディアスに半ば押し切られる形で追い出され、外へと出向いていた。
「なにがですか」
視線だけがこちらに向けられる。
問い返す声は淡々としているが、彼女がこちらの意図を理解していないはずがない。
わざとらしいその反応に、思わず笑みを浮かべてしまう。
「言わなくてもわかってるでしょ~?黒ユリちゃんのことだよ~」
くすくすと笑いながらからかうように言うと、セレナは何も言わずに視線を前方へと戻した。
視界に映るのは大聖堂。
予約をしていた信者たちだろうか。
列を作り、順番を待っているように見える。
正面から中に入るのではなく、その列から敢えて距離を取る。
近くで見るよりも、少し離れた場所から眺めた方が見えるものがある。
そう判断した結果、礼拝の参加者に紛れることもなく、屋根の上という位置を選んでいた。
その光景を眺めつつ、話を続ける。
「……私たちは呪華です。人間じゃない。呪いという概念が、人間の形を模倣して動いているようなもの。……体調を崩すなんて有り得ません」
感情の起伏をほとんど感じさせない声。
ただ事実だけを並べているような声色だった。
「たとえ大怪我をしても、種さえ破壊されなければ。時間さえ待てば、いずれ綺麗に治ります」
話しながらセレナは視線を落とし、眉を顰めた。
「だからこそ……、ティアの今の状態は、おかしい……」
風が屋根の上を通り抜け、セレナの髪を静かに揺らす。
その横顔は、少しだけ寂しそうな表情を浮かべていた。
ふと、古い記憶が頭をよぎる。
アステルに連れられて訪れた、アルビオン家の地下施設。
捕らえた呪華の調査や危険性の確認の為に使われている場所。
罪人を捕らえる牢獄を思わせる作り。
湿った空気と、わずかに漂う鉄の匂い。
石壁に囲まれた薄暗い通路の奥。
その一室に、セレナはいた。
奴隷が着るようなボロボロの粗末な衣服を身に纏い、両手には手枷を嵌められたまま、静かに床へと座り込んでいた。
騒ぎ立てることもせず。
かと言って受け入れているという雰囲気でも無い。
諦めに近い雰囲気を醸し出していた。
呪華にとって食事は娯楽と同義。
それ故に、食事は一切与えられずに閉じ込められているという。
劣悪な環境。
食事も、娯楽も、会話すらもほとんど無い空間。
そんな場所に長く閉じ込められれば、普通の人間であれば心も身体も壊れるのが当然だろう。
体調を崩すなというのが無理な話だ。
それでも彼女らが生きていたのは、人間では無いから。
それを身をもって体験し、理解しているからこそ、セレナは“体調を崩すなんて有り得ない”と断言しているのだ。
「――。――ス。――ノクス!」
途切れ途切れに名前を呼ばれ、ようやく意識が引き戻される。
「何をぼーっとしているんですか。ちゃんと集中してください」
しっかりしなさい、とでも言うように。
少しだけ強い声音で叱責される。
気が付けば、すぐ目の前にセレナの顔があった。
こちらを覗き込むように顔を近付けられ、思わず目を瞬かせる。
先ほどまで辿っていた記憶の中の、薄暗い牢獄の中の彼女とは違う。
そこにいるのは、はっきりと光を宿した銀色の瞳を持つセレナだった。
その対比に、思わず目を細めてしまった。
「ごめんごめん。ちょっとだけ考えごとしてたや」
軽い声音で返しながらも、流石に悪いことをしたと眉を下げる。
「もう……」
セレナはそれ以上は責めることもせず、小さく息を吐いて前方へと視線を戻した。
その横顔を一瞬だけ見て、こちらも意識を切り替える。
片手に持っていた双眼鏡をゆっくりと持ち上げ、覗き込んだ。
ここまで距離が離れていれば、裸眼では人影の判別が精一杯だ。
全体の流れや雰囲気を掴むだけなら問題ないが、細かな動きまでは追えない。
レンズを覗き込むと、大聖堂内の様子がはっきりと見える。
静まり返った空間の中、長く伸びた列の先。
そこに立つのは、三人の聖職者だった。
三人とも、ベールを深く被っており、顔がよく見えない。
けれど、その立ち位置やベールの隙間から覗く髪。
それだけでも、十分に判別は可能だ。
列の先頭に立つコレット。
そのすぐ後ろに控えているのは、フィサリスだ。
黄色のグラデーションの掛かった紅緋色。
肩に触れるか触れないかの短い髪から、間違いないだろう。
列の先頭に来た信者へと、コレットが手を翳す。
すぐに信者が頭を下げ、列から抜ける。
その繰り返し。
この時、何気なくスコープの先を別の場所に向けて。
目を細めた。
「……へぇ……?」
思わず漏れた声。
面白いものが見れたと言わんばかりに。
口端が自然とつり上がった。




