警戒するティアと、過剰な甘味
夕食の席には、子どもたちやフィサリスに加えて、コレットの姿もあった。
その存在に気付いた瞬間。
隣にいたティアがこちらへ身を寄せてきた。
裾を引かれ、俺の背を盾にするようにして、その身体を隠す。
「ティア?」
声を掛けて、背後に隠れたティアの様子を窺う。
初めて顔を合わせた時のことが、脳裏をよぎった。
突然、“姉”と呼ばれて距離を詰められたあのやり取り。
あれを思えば、この反応も無理はない。
ティア自身は、自分に兄弟姉妹などいないと主張している。
事実、コレットのことなどまったく知らない様子なのだ。
それなのに、初対面の相手から一方的に距離を詰められ、親しげに振る舞われる。
戸惑いを覚えるのは当然で、警戒心を抱くのも無理はない。
むしろ、こうして一歩引いた反応を取っている方が自然だろう。
(まぁ、仕方ないか)
内心でそう納得し、肩を竦める。
コレットの方へ視線を向けると、こちらの様子に気づいているのかいないのか、彼女は穏やかな表情のまま席に着いていた。
このまま同席させても、気まずい空気になるだけな気がして
「部屋で待っとくか?」
と小さな声でティアに提案した。
呪華であるティアは飲食をしなくても、身体に何も影響は無い。
それならわざわざ食事の席に同席しなくても問題ない。
だからこそ、気遣って提案したのだが。
返ってきたのは即座の否定だった。
ティアはぶんぶんと首を横に振る。
そのまま、掴んでいた俺の袖を、きゅっとさらに強く引き寄せた。
「嫌……」
か細い声が、すぐ後ろから聞こえる。
「……離れたくない」
消え入りそうな声音だった。
顔を上げることもなく、ただこちらに身体を預けるように訴えられる。
その様子は、まるで見知らぬ場所に迷い込んでしまった子どものようで。
普段の落ち着いた振る舞いからは想像できないほど、あからさまに不安を滲ませていた。
どうしたものかと頭を悩ませていると、コレットがこちらに気付いたらしい。
ぱぁっと表情を綻ばせて、立ち上がる。
「お姉様!」
弾んだ声音でまたも姉と呼びながら、まっすぐこちらへと歩み寄ってきた。
だが、近付いてもなお、身を隠すようにしているティアの様子に気付いたのか。
数歩手前でぴたりと足を止めた。
「あらら……。すっかり警戒されちゃってるっぽい?」
手を伸ばせば、すぐ届きそうなほどの距離。
ティアの態度に不快感を示すどころか、困ったように小さく首を傾げた。
その拍子に、軽く持ち上げたコレットの手元が目に入る。
指先に、赤く滲んだ包帯が巻かれていた。
料理中に切ってしまったのだろうか。
その視線に気付いてないのか、
当の本人はまったく気にした様子もなく、すぐに手を引いて笑っていた。
「今日の晩ご飯、パンを入れたミルクスープなの。蜂蜜たっぷり入れると美味しいのよ」
穏やかな声で、コレットがそう言う。
「蜂蜜」
その言葉に、ティアが反応したのが分かった。
ティアの方へと視線を向けると、さっきまでしっかりと隠れていたはずなのに、今は袖を掴んだまま、ちらりと様子を窺うように視線を向けていた。
(甘いもの好きなティアらしい)
小さな呟きに、軽く笑ってしまう。
「それだけでも食べるか?」
小さく声を落としてそう問いかけると、ティアは少しだけ迷うように動きを止めて。
こくりと、小さく頷いた。
蒸した鶏肉を乗せたサラダ。
おかわり用にと置かれている固めのパン。
そして先ほどコレットの言っていたミルクスープ。
それらが長机に人数分並べられた。
「えー!野菜きらーい!」
席に着くなり、フレイの声が響き渡る。
自分の前に置かれた皿を見て、あからさまに顔をしかめていた。
「アイラ、これやるよ!」
言うが早いか、サラダの盛られた器ごと、隣に座るアイラの方へ押しやろうとする。
だが、その手はすぐに止められた。
同時に「こら!」とエマの叱責が飛ぶ。
「好き嫌いはダメでしょ!コレットお姉ちゃんが折角作ってくれたのに!」
エマがフレイの器を両手で押さえて、料理の押し付けを阻止しようとしていた。
フレイよりも年下の筈なのに、しっかりとした口調で言い聞かせるその様子は、年齢よりも少しだけ大人びて見える。
一方でフレイは、不満げに口を尖らせたまま視線を逸らした。
そのやり取りを眺めながら、クスクスと笑うコレット。
「作ったと言っても、私が作ったのはスープの方だけれどね」
その言葉を聞いて、フレイの表情がぱっと明るくなる。
「だったらいいじゃん!」
得意げに胸を張るその様子に、
「良くない!」
と間髪入れずにエマの声が重なる。
「アイラも、お野菜苦手なのに……」
ぽつりと付け足されたその一言に、フレイは気まずそうに視線を泳がせながら、そろりとアイラの方へと顔を向けた。
押し付けられかけた器を前に、アイラは困ったように小さく肩を竦めている。
断りたいけれども、強く言えない。
そんな表情を浮かべていた。
「アイラだっていつも頑張って食べてるんだから、フレイもちゃんと食べよう?」
穏やかな声音で、セシルが静かに言い聞かせる。
ここでさらにワガママを強行する気にはなれなかったようで。
「はぁい……」
と、口を尖らせながら、渋々といった様子で自分の前へと器を戻していた。
「おい、蜂蜜入れすぎだ」
横からクローディアスの低い声が聞こえてきて、そちらへと視線を向ける。
見ると、ティアが小さな蜂蜜の瓶を両手で抱えるように持ち、そのまま器の上で逆さに傾けていた。
既に十分甘そうなミルクスープに、さらに遠慮なく注ぎ足しているところだった。
「だってたっぷり入れると美味しいって」
真顔で言い切るティア。
悪びれる様子はまったくない。
むしろ当然のことを言っているとでも言いたげな顔だ。
その隣で、クローディアスが眉を寄せる。
信じられないものを目にしていると言いたげな表情を浮かべていた。
「十分だろう!?というか、それ以上はもはやスープではなくなるし、作り手に失礼だ!」
そう言いながら、慌てて瓶を持つ手を押さえて止めようとしていた。
「甘い方が美味しいもん」
「限度がある!」
声を荒げるクローディアス。
そのやり取りに、苦笑してしまう。
「あの子は相変わらずですね」
セレナがスプーンでミルクスープをすくい、そのまま口へと運びながら小さく笑う。
視線の先には、蜂蜜の瓶を巡って小競り合いを続けるティアとクローディアスの姿。
「いいんじゃない?あの子らしくてさぁ」
ノクスが面白がるように口元を緩めた。
「甘いの好きなのも、隠そうとしないし。子どもっぽくていいよねぇ」
くすくすと喉を鳴らして笑う。
その言い方には、からかい半分、楽しんでいる様子がそのまま滲んでいた。
「それ、褒めてないですよね」
すかさず、セレナが小さく肩を竦める。
「えー?ちゃんと褒めてるつもりなんだけどなぁ」
ノクスは悪びれもせず、わざとらしく言い返す。
そんなやり取りを見ていると、隣から「あ!」と声が響く。
声の方向へと視線を戻せば、ティアの手から蜂蜜の瓶がようやく取り上げられていた。
クローディアスがしっかりと瓶を確保し、それ以上の追加を防いでいる。
ティアは不満げに頬を膨らませたまま、しばらくその瓶を名残惜しそうに見つめていたが、
やがて、諦めたように手元の器へと視線を落とした。
想定よりも多い蜂蜜の入ったスープを口にして、すぐに表情を綻ばせていた。




