甘い時間への乱入者
「おやぁ?みんなでここでおサボりですか~?」
不意に視界に影が差し込む。
頭上から降ってきたのは、どこか楽しげで、からかうような声音だった。
驚きのあまり、びくりと肩を跳ねさせた。
「びっ……くりしたぁ……」
不意に声を掛けられて、バクバクと鳴る心臓が痛い。
「なんだノクスか」
見上げた先に立っていた人物を確認して、ようやく息を吐く。
そのまま、恨めしげに彼を睨み付けた。
安堵と同時に、少しばかりの苛立ちが混ざる。
まさかこんな場所で合流するとは思ってもいなかった。
だからこそ気を抜いてしまい、その分、余計に驚かされた。
「なんだとは失礼な」
ノクスは大袈裟に肩を竦めてみせる。
わざとらしくため息をつきながら、芝居がかった口調で続けた。
「人が一生懸命働いている時に、みんなで仲良くおサボりって。ひっどいよねぇ?」
わざとらしく語尾を伸ばし、こちらの反応を覗き込んでくる。
その視線は、責めるどころか、完全に面白がっていたように見えた。
「そんな風に言うものじゃないですよ」
その腕の中から、静かな声が割り込む。
ノクスに抱えられたままのセレナが、落ち着いた声音でノクスを窘めた。
「レインたちだって、思うところがあったのでしょう?」
セレナのその言葉に確認をしてしまう。
(……やっぱり)
「ってことは、セレナたちも気付いていたのか」
確かめるように問い掛けた。
「あれだけ一字一句、揃いも揃っておんなじ会話を繰り広げられたら、おかしいって気付くでしょ~」
冗談めかした口ぶりだが、その目は冷静そのものだった。
「確信が持てなかったので、あの場では何も言いませんでしたけど」
続けて、セレナが静かに言葉を重ねる。
落ち着いた口調のまま、ゆっくりと視線を俺の隣へと向けた。
「クローディアスだって、そうでしょう?」
不意に話を振られたクローディアスは、わずかに目を見開いた。
少しだけ沈黙したあと、小さく息を吐く。
「……ああ」
短い、けれどしっかりとした肯定。
「お坊ちゃんも黒犬くんも分かりやすく顔に出てたもんね~。お互いに顔を見合わせちゃってさぁ」
その時の光景を思い出しているのか、ノクスの肩が小刻みに揺れる。
袖で口元を隠しているけれど、堪えきれていないのは明らかだった。
「あの素っ頓狂な顔。……あはっ!思い出しただけで笑えるよねぇ」
くっくっとひとしきり笑ったあと、何事もなかったかのように手を伸ばす。
そのまま流れるように、ドーナツの入っていた袋に腕を突っ込んだ。
止める間もなく、袋の中からひとつを掴み取り、そのまま口に運ぶ。
すぐにティアが「あ……!」と声をあげた。
「……それ、俺らの分なんだけど」
思わず突っ込むと、ノクスはにやりと笑う。
「いいじゃんいいじゃんひとつくらい。こういう時こそ糖分補給でしょ?」
悪びれることも無く、返された。
その横で、ティアがむーっと頬を膨らませり。
抗議の視線を向けているが、ノクスはまるで気にしていない。
あっという間に食べ切ると、最後に指先に残った油分を、ぺろりと舐め取った。
「それ、私のだったのに……!」
頬をぷくりと膨らませたまま、ティアがノクスをじっと睨む。
目は真剣そのものだが、どこか子どもじみた抗議の仕方で、怒りよりも“納得いかない”という感情の方が強く見えた。
当然のように自分だけのものだと言い張っていたけれど、そこに突っ込む者は誰もいなかった。
そもそもクローディアスは甘いものが苦手なのだから、なにも問題無いのだろうけど。
「えー?名前なんて書いてあった~?」
ノクスは悪びれる様子もなく、肩を揺らして笑う。
軽く首を傾げる仕草すら、わざとらしく見えた。
「書いてなくても分かるでしょ!」
食い気味に言い返すティア。
手元のドーナツ袋をぎゅっと抱え込むようにして、これ以上は渡すまいと、完全に守る姿勢に入っていた。
その必死さに、ノクスはさらに楽しそうに目を細める。
「じゃあ早い者勝ちってことで」
さらりと流すように言い切る。
「だめっ!」
即座に否定する声。
間髪入れずの反応に、ノクスはまた小さく笑った。
「そういえば調査はいいのか?」
ふと気になって問い掛ける。
噂の真相を探るために動いていたはずなのに、こんな場所にいるのが不思議だった。
ノクスはこちらに視線を向けると、「んー?」と気の抜けた声を漏らし、くすりと笑う。
「少しくらいいいでしょー?聖女サマは相変わらずって感じだし。外での調査もさ、ちょーっと行き詰まっちゃてるって感じ?」
まるで深刻さを欠片も感じていないように、袖をひらひらと揺らしながら続ける。
「たださぁ?」
わざとらしく言葉を区切り、ノクスは楽しげに口元を歪めた。
「どーも、おんなじ一日を繰り返してるのって、孤児院の中だけっぽいよねぇ」
軽い口調ではあったものの、告げられたその言葉は確信めいていて。
少しだけ周囲の空気が重くなった気がした。
そんな空気を破るように
「ってことで――」
と明るい声で続けるノクス。
くるりとその場で身を翻す。
背中を向けた拍子に、柔らかな風を受けて裾がふわりと揺れた。
そのまま首だけをこちらへ向けられる。
「孤児院に帰るついでに、ボクたちもお買い物付き合うよ~」
そのままにこりと笑みを浮かべる。
「ま、荷物持ちはしないけどね?」
「ついて来るだけかよ」
思わず突っ込んでしまう。
その反応を受けて、ノクスは楽しげに肩を揺らして笑っていた。




