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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
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仕掛けられた小さな悪戯

フィサリスから用意された部屋の扉を開けた。


次の瞬間。


「いっ……!?」


ゴンッ!と鈍い音が響き、同時に頭部に鈍い痛みが走った。

思わずその場に蹲り、反射的に頭を押さえる。

じん、と鈍く広がる痛みに、思わず歯を食いしばった。


「っ~……、なんだ……?」


低く呻きながら顔を上げる。

視界の端で、何かが床を転がる音がした。


コロコロと乾いた音を立てて転がっていたのは、木製のバケツ。

中身はなにも入っていない、空のものだ。


開け放った扉の上部へと視線を移す。

そこには紐の切れ端のようなものが、ゆらりと揺れていた。


仕掛けられていた簡単な罠のようなもの。


恐らく、扉の取っ手とバケツとを紐で繋いでおき、誰かが扉を開けた拍子に紐が切れる。

その流れで、扉の上に置いてあったバケツが落ちてくる。

そんな単純な仕組みだろう。


「大丈夫ですか!?」


クローディアスの焦った声がすぐ傍で聞こえる。

しゃがみ込んだ俺の目線に合わせるように、彼もまた素早く膝をついた。


「お怪我は……!」


覗き込むようにして、俺の額から頭頂へと視線を走らせていた。


「あ、あぁ……。大丈夫……」


視界がじんわりと滲み、うっすらと目尻に涙が浮かぶ。

まだ、頭頂部にじんじんと痛みを感じるけれど、怒りを露わにするほどではない。


罠を仕掛けた犯人の姿はどこにも見当たらない。

けど、このような稚拙な罠を仕掛けるのは、十中八九孤児院の子どもだろう。


クローディアスは、なおも心配そうな眼差しをこちらに向けていた。

何か言いたげに口を開きかけては、言葉を飲み込む。

その仕草を繰り返しているあたり、本気で俺の怪我の具合を心配しているのが伝わってくる。


そんな視線を受けて、俺はひらひらと軽く手を振ってみせた。

それを見て、ようやくクローディアスは、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。


「本当に、大丈夫なのですね……?」


念を押すような声音。

少しばかり安心はしたようだが、まだ拭いきれていない不安が滲んでいた。


「大丈夫だって。心配し過ぎ」


苦笑混じりにそう返すと、クローディアスはわずかに眉を寄せた。

彼が納得しきれていないのは明らかだったが、それ以上踏み込むことはせず、小さく息を吐いて視線を落とす。


その様子に内心で苦笑しつつ、俺はゆっくりと立ち上がった。


すると、すぐ隣から軽やかな足音が近づいてくる。

ティアが小走りでこちらへ駆け寄ってくると、そのまま手を伸ばし、頭を撫でてきた。


思わず目を瞬かせる。

まるで子どもをあやすような、優しい手付き。

痛みで熱を持った箇所に、ティアの低い体温によるひやりとした感触が心地良くて、気付けば目を細めてその感覚に身を預けていた。


張り詰めていたものが少しだけ緩んでいく。

自分でも気付かないうちに、気を張っていたのかもしれない。

先ほど感じた気配も、その影響だろうか。


「……大袈裟だな」


小さくそう零しながらも、表情は自然と緩んでいた。

ティアは撫でる手をすぐには離さず、どこか満足げに目を細めている。


すぐ隣では、クローディアスがなにも言わず、その様子を眺めて見守っているばかり。

やがてティアがそっと手を引き、解放された。


「フィサリスも留守にしているようですし、少し休みますか?慣れないことをして、疲れたでしょう」


クローディアスの提案に、少しばかり思考を巡らせる。


なんの気無しに与えられた部屋へと足を運んではみたものの、これといってやることは残っていない。


孤児院の管理役であろうフィサリスの姿も見当たらない。

この状況でやれることと言ったら、噂の真相の調査という自分たちの用事か、孤児院の子どもたちの遊びに交じるか。


調査の方は、ノクスとセレナが率先して動いてくれている。


不慣れな自分たちが下手に動くよりも、二人に任せた方が確実だろう。

それに、もっとも怪しいと睨んでいる大聖堂が管理している孤児院に、手伝いという名目で身を寄せているのも決して無駄じゃない筈だ。


今は自分たちが無理に動く必要はない。

そう結論づけると、視線が自然と窓の外へ向かった。


庭先で遊ぶ子どもたちの姿が見える。

あの中に入ってもいいけど、クローディアスの言う通り、身体の奥に微かな疲労感が残っているのも事実だった。


「おやすみする?じゃあ、今日はクローディアスも一緒だね!」

「え?いや俺は……、うわっ!?」


言いかけたクローディアスの言葉を遮るように、ティアが俺とクローディアス、二人身体を巻き込んでベッドへと倒れ込んだ。


視界がぐるりと回転し、視界いっぱいに天井が広がった。


「ティア!?」


体勢を立て直す間もなく、ベッドの上に身体が沈み込む。

ただでさえ狭い一人用のベッドに、三人も寝転んでいたら流石に狭い。


俺とクローディアスの上に乗っかるような形で、ティアが遠慮無しに寝転んでいた。


「おいバカッ……!またレイン様が頭打ったらどうするつもりなんだ!」


すぐ耳元で、クローディアスの叱責が即座に飛ぶ。


だが当の本人は、まるで気にした様子もない。

むしろ楽しそうに、嬉しそうに、くすくすと笑っていた。

その無邪気さに、クローディアスは怒る気も無くなったようで、肩を竦めていた。


穏やかな空気に、天井を見上げたまま、ゆっくりと瞼が重くなる。

そのまま、俺たちは静かに眠りについたのだった。



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