仕掛けられた小さな悪戯
フィサリスから用意された部屋の扉を開けた。
次の瞬間。
「いっ……!?」
ゴンッ!と鈍い音が響き、同時に頭部に鈍い痛みが走った。
思わずその場に蹲り、反射的に頭を押さえる。
じん、と鈍く広がる痛みに、思わず歯を食いしばった。
「っ~……、なんだ……?」
低く呻きながら顔を上げる。
視界の端で、何かが床を転がる音がした。
コロコロと乾いた音を立てて転がっていたのは、木製のバケツ。
中身はなにも入っていない、空のものだ。
開け放った扉の上部へと視線を移す。
そこには紐の切れ端のようなものが、ゆらりと揺れていた。
仕掛けられていた簡単な罠のようなもの。
恐らく、扉の取っ手とバケツとを紐で繋いでおき、誰かが扉を開けた拍子に紐が切れる。
その流れで、扉の上に置いてあったバケツが落ちてくる。
そんな単純な仕組みだろう。
「大丈夫ですか!?」
クローディアスの焦った声がすぐ傍で聞こえる。
しゃがみ込んだ俺の目線に合わせるように、彼もまた素早く膝をついた。
「お怪我は……!」
覗き込むようにして、俺の額から頭頂へと視線を走らせていた。
「あ、あぁ……。大丈夫……」
視界がじんわりと滲み、うっすらと目尻に涙が浮かぶ。
まだ、頭頂部にじんじんと痛みを感じるけれど、怒りを露わにするほどではない。
罠を仕掛けた犯人の姿はどこにも見当たらない。
けど、このような稚拙な罠を仕掛けるのは、十中八九孤児院の子どもだろう。
クローディアスは、なおも心配そうな眼差しをこちらに向けていた。
何か言いたげに口を開きかけては、言葉を飲み込む。
その仕草を繰り返しているあたり、本気で俺の怪我の具合を心配しているのが伝わってくる。
そんな視線を受けて、俺はひらひらと軽く手を振ってみせた。
それを見て、ようやくクローディアスは、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
「本当に、大丈夫なのですね……?」
念を押すような声音。
少しばかり安心はしたようだが、まだ拭いきれていない不安が滲んでいた。
「大丈夫だって。心配し過ぎ」
苦笑混じりにそう返すと、クローディアスはわずかに眉を寄せた。
彼が納得しきれていないのは明らかだったが、それ以上踏み込むことはせず、小さく息を吐いて視線を落とす。
その様子に内心で苦笑しつつ、俺はゆっくりと立ち上がった。
すると、すぐ隣から軽やかな足音が近づいてくる。
ティアが小走りでこちらへ駆け寄ってくると、そのまま手を伸ばし、頭を撫でてきた。
思わず目を瞬かせる。
まるで子どもをあやすような、優しい手付き。
痛みで熱を持った箇所に、ティアの低い体温によるひやりとした感触が心地良くて、気付けば目を細めてその感覚に身を預けていた。
張り詰めていたものが少しだけ緩んでいく。
自分でも気付かないうちに、気を張っていたのかもしれない。
先ほど感じた気配も、その影響だろうか。
「……大袈裟だな」
小さくそう零しながらも、表情は自然と緩んでいた。
ティアは撫でる手をすぐには離さず、どこか満足げに目を細めている。
すぐ隣では、クローディアスがなにも言わず、その様子を眺めて見守っているばかり。
やがてティアがそっと手を引き、解放された。
「フィサリスも留守にしているようですし、少し休みますか?慣れないことをして、疲れたでしょう」
クローディアスの提案に、少しばかり思考を巡らせる。
なんの気無しに与えられた部屋へと足を運んではみたものの、これといってやることは残っていない。
孤児院の管理役であろうフィサリスの姿も見当たらない。
この状況でやれることと言ったら、噂の真相の調査という自分たちの用事か、孤児院の子どもたちの遊びに交じるか。
調査の方は、ノクスとセレナが率先して動いてくれている。
不慣れな自分たちが下手に動くよりも、二人に任せた方が確実だろう。
それに、もっとも怪しいと睨んでいる大聖堂が管理している孤児院に、手伝いという名目で身を寄せているのも決して無駄じゃない筈だ。
今は自分たちが無理に動く必要はない。
そう結論づけると、視線が自然と窓の外へ向かった。
庭先で遊ぶ子どもたちの姿が見える。
あの中に入ってもいいけど、クローディアスの言う通り、身体の奥に微かな疲労感が残っているのも事実だった。
「おやすみする?じゃあ、今日はクローディアスも一緒だね!」
「え?いや俺は……、うわっ!?」
言いかけたクローディアスの言葉を遮るように、ティアが俺とクローディアス、二人身体を巻き込んでベッドへと倒れ込んだ。
視界がぐるりと回転し、視界いっぱいに天井が広がった。
「ティア!?」
体勢を立て直す間もなく、ベッドの上に身体が沈み込む。
ただでさえ狭い一人用のベッドに、三人も寝転んでいたら流石に狭い。
俺とクローディアスの上に乗っかるような形で、ティアが遠慮無しに寝転んでいた。
「おいバカッ……!またレイン様が頭打ったらどうするつもりなんだ!」
すぐ耳元で、クローディアスの叱責が即座に飛ぶ。
だが当の本人は、まるで気にした様子もない。
むしろ楽しそうに、嬉しそうに、くすくすと笑っていた。
その無邪気さに、クローディアスは怒る気も無くなったようで、肩を竦めていた。
穏やかな空気に、天井を見上げたまま、ゆっくりと瞼が重くなる。
そのまま、俺たちは静かに眠りについたのだった。




