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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
5/23

刻まれた現実

「――――様!!」


肩を強く掴まれ、前後に揺さぶられる。

その感覚に、沈みきっていた意識が無理やり引き上げられた。


「……様!! いい加減、起きてください、レイン様!!」


遠くから聞こえていた声が、急激に現実味を帯びる。


「……ん、……」


まぶたの裏に、白い光が滲む。

自棄に重い。

身体が自分のものじゃないみたいに、思うように動かない。

それでも、しつこく呼びかける声に引きずられるように、意識が浮上していく。


「起きてください!こんなところで寝ている場合じゃありません!」

「う……ん……、クロ……?」

「ようやくお目覚めですか……。……まったく」


すぐ間近で、クローディアスの深いため息が落ちる。


「こんな場所で昼寝とは、勘弁してくださいよ」


ぼんやりとした視界が、ゆっくりと焦点を結んでいく。

俺を覗き込む顔。

整った顔立ちに浮かぶのは、呆れと苛立ち。

隠す気もない、いつもの表情だ。


——いつもの、はずなのに。


どこか現実感が薄い。


「もう少しで水でもかけて起こそうかと考えましたよ」

「おいおい……。俺はお前の主人だぞ……?」


掠れた声で抗議すると、クローディアスは一瞬だけ眉を寄せ――。


「ええ、存じています」


あっさりと、だが一切遠慮のない声音で返された。


「だからこそ申し上げているのです。主人がこのような場所で無防備に眠りこけているなど、見過ごせるわけがないでしょう」


淡々とした口調のまま、ぐいと腕を掴まれる。

手袋越しの指先は冷たく、やけに現実的だった。


「ほら、立ってください」

「……っ、ちょ、待てって……」


半ば強引に引き起こされる。

身体がついていかず、視界が一瞬ぐらりと揺れた。

足元が不安定だ。

まだ現実に引き戻されたばかりで、地面の感触が妙に頼りない。


「待ちません。お部屋に戻りますよ。準備に間に合わなくなります……ので」


言いかけて、ぴたりとクローディアスの動きが止まった。

まるで時間だけが切り取られたように、その場に固まる。


「……?」


違和感に気づき、顔を上げる。

クローディアスの視線が、こちらに釘付けになっていた。


正確には——

俺の、首元に。


その視線の先に気付かないまま、どうかしたのかと「クロ?」と声を掛けた。


「……それは、何ですか?」

「それ……?」


なんの事を言っているのだろうか。

クローディアスの問い掛けの意図を汲み取れずにいると、白い手袋越しの細長い指で首筋をなぞられた。

ぞくり、と背筋に走る妙な感覚に襲われる。

冷たいはずの感触が、妙に生々しく伝わる。


「っ、……何って、どういう――」


言葉が途切れる。


クローディアスの表情が、明らかに変わっていた。

先ほどまでのクローディアスの軽い苛立ちは完全に消え失せている。

代わりに浮かんでいるのは——緊張。

そして、わずかな困惑。


「……動かないでください」


低く、抑えた声。

有無を言わせない響きだった。


「は? いや、だから何が――」

「いいから」


被せるように俺の言葉を遮られた。

ぴたりとクローディアスの指先が止まる。

首筋に触れたまま、わずかに力がこもったのが伝わる。

まるで、そこに“何か”があることを確かめるように。


「……これは……」


わずかに言い淀む気配。


「傷、ではありませんね」

「え?」


思わず聞き返した。

クローディアスは俺の首筋から視線を外さないまま、わずかに眉を寄せた。


「……紋様のようなものが刻まれています」

「紋様……?」


なんでそんな物が自分の首に、と考えを巡らせて。

直前の耐え難い劇痛の伴った現実離れした出来事を思い出して「あ……」と小さく声を漏らした。

その声を聴き溢すこともせずにクローディアスが鋭い視線を俺に向ける。


「心当たりがあるんですね?」


逃がさない、と言わんばかりの視線にたじろぎ、言葉を探す。

だが、うまくまとまらない。


あれが何だったのか。

夢なのか、現実なのか。

説明しようとすればするほど、逆に曖昧になる。


「……別に、なんでもない」


そんな俺を憂うクローディアスに三歩分の距離をあけて振り返った。


「ほら、準備あるんだろ。行くぞ」

「……承知しました」

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