刻まれた現実
「――――様!!」
肩を強く掴まれ、前後に揺さぶられる。
その感覚に、沈みきっていた意識が無理やり引き上げられた。
「……様!! いい加減、起きてください、レイン様!!」
遠くから聞こえていた声が、急激に現実味を帯びる。
「……ん、……」
まぶたの裏に、白い光が滲む。
自棄に重い。
身体が自分のものじゃないみたいに、思うように動かない。
それでも、しつこく呼びかける声に引きずられるように、意識が浮上していく。
「起きてください!こんなところで寝ている場合じゃありません!」
「う……ん……、クロ……?」
「ようやくお目覚めですか……。……まったく」
すぐ間近で、クローディアスの深いため息が落ちる。
「こんな場所で昼寝とは、勘弁してくださいよ」
ぼんやりとした視界が、ゆっくりと焦点を結んでいく。
俺を覗き込む顔。
整った顔立ちに浮かぶのは、呆れと苛立ち。
隠す気もない、いつもの表情だ。
——いつもの、はずなのに。
どこか現実感が薄い。
「もう少しで水でもかけて起こそうかと考えましたよ」
「おいおい……。俺はお前の主人だぞ……?」
掠れた声で抗議すると、クローディアスは一瞬だけ眉を寄せ――。
「ええ、存じています」
あっさりと、だが一切遠慮のない声音で返された。
「だからこそ申し上げているのです。主人がこのような場所で無防備に眠りこけているなど、見過ごせるわけがないでしょう」
淡々とした口調のまま、ぐいと腕を掴まれる。
手袋越しの指先は冷たく、やけに現実的だった。
「ほら、立ってください」
「……っ、ちょ、待てって……」
半ば強引に引き起こされる。
身体がついていかず、視界が一瞬ぐらりと揺れた。
足元が不安定だ。
まだ現実に引き戻されたばかりで、地面の感触が妙に頼りない。
「待ちません。お部屋に戻りますよ。準備に間に合わなくなります……ので」
言いかけて、ぴたりとクローディアスの動きが止まった。
まるで時間だけが切り取られたように、その場に固まる。
「……?」
違和感に気づき、顔を上げる。
クローディアスの視線が、こちらに釘付けになっていた。
正確には——
俺の、首元に。
その視線の先に気付かないまま、どうかしたのかと「クロ?」と声を掛けた。
「……それは、何ですか?」
「それ……?」
なんの事を言っているのだろうか。
クローディアスの問い掛けの意図を汲み取れずにいると、白い手袋越しの細長い指で首筋をなぞられた。
ぞくり、と背筋に走る妙な感覚に襲われる。
冷たいはずの感触が、妙に生々しく伝わる。
「っ、……何って、どういう――」
言葉が途切れる。
クローディアスの表情が、明らかに変わっていた。
先ほどまでのクローディアスの軽い苛立ちは完全に消え失せている。
代わりに浮かんでいるのは——緊張。
そして、わずかな困惑。
「……動かないでください」
低く、抑えた声。
有無を言わせない響きだった。
「は? いや、だから何が――」
「いいから」
被せるように俺の言葉を遮られた。
ぴたりとクローディアスの指先が止まる。
首筋に触れたまま、わずかに力がこもったのが伝わる。
まるで、そこに“何か”があることを確かめるように。
「……これは……」
わずかに言い淀む気配。
「傷、ではありませんね」
「え?」
思わず聞き返した。
クローディアスは俺の首筋から視線を外さないまま、わずかに眉を寄せた。
「……紋様のようなものが刻まれています」
「紋様……?」
なんでそんな物が自分の首に、と考えを巡らせて。
直前の耐え難い劇痛の伴った現実離れした出来事を思い出して「あ……」と小さく声を漏らした。
その声を聴き溢すこともせずにクローディアスが鋭い視線を俺に向ける。
「心当たりがあるんですね?」
逃がさない、と言わんばかりの視線にたじろぎ、言葉を探す。
だが、うまくまとまらない。
あれが何だったのか。
夢なのか、現実なのか。
説明しようとすればするほど、逆に曖昧になる。
「……別に、なんでもない」
そんな俺を憂うクローディアスに三歩分の距離をあけて振り返った。
「ほら、準備あるんだろ。行くぞ」
「……承知しました」




