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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
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孤児院の朝

朝食の時間になると、木製の長机に素朴な料理が並べられた。

焼きたてとは言い難い固めのパンと、具の少ないスープ。


普段の俺たちの食事と比べれば、あまりにも質素だ。

それでも、湯気を立てるそれらは、孤児院にしては十分に恵まれた食事なのだろう。


長机を囲むように、子どもたちが席に着き、会話をしながら食事を口に運んでいた。


その中で、ひときわ落ち着きなく椅子を揺らしている少年がいた。


短く跳ねた髪を揺らしながら、足をぶらぶらと揺らし、パンくずをぼろぼろとこぼしている。

すぐ隣でそれに気づいた少女が、眉を顰めた。


「ちょっとフレイ!行儀悪い!」


フレイは悪びれもせず肩を竦める。


「えー?行儀悪いってんなら、ジェイクはどうなんだよ」


そう言って視線を向けた先では、2人よりも年上に見える少年が、本を片手に淡々と食事をしていた。

ジェイクと呼ばれた彼は、今も片手でページを押さえたまま、もう片方の手でパンを口に運んでいる。


その様子に、フレイを注意した少女、エマが言い返そうとした瞬間、少し離れた席から落ち着いた声が響いた。


「ジェイク、食事中は本を読むのをやめなさい。あと、フレイも。ちゃんと椅子に座って食べること」


声の主はフィサリスだった。


孤児院の子どもたちの世話は、ほとんど彼女が担っているらしい。

コレットは聖女としての務めで既に大聖堂に赴いているとのことで、この場にはいなかった。


フィサリスの手元には、フレイから取り上げたばかりの黒いペンが置かれていた。


それを見た瞬間、先ほどのクローディアスの顔が脳裏をよぎる。

それだけだとまだ、フレイが犯人だと決め付けることは出来ない。

だがこの状況だと、フレイが犯人だったのでは、と嫌でも考えてしまう。


とっくに落書きを落としてしまったクローディアスへと、視線を向ける。

俺の視線に気付いたクローディアスは、口に運ぼうとしたスプーンの手を止め、不思議そうにこちらを見返してきた。


フレイはフィサリスに注意されると、不満そうに唇を尖らせる。


「はーい……」

と渋々返事をし、ようやく椅子に座り直した。


ジェイクも小さく溜め息を吐き、本を閉じて食事に向き直る。



少し離れた席では、食事の手は止めないまま、隣に座る小さな少女の様子を気にしている少年、セシルがいた。


年長の子どもらしく落ち着いた雰囲気で、最年少の少女、アイラが食事を取れるように手助けしている。

口元がスープで汚れればタオルで拭いてやり、食べやすいようにパンを一口サイズに千切り、スープに浸して柔らかくしてから食べさせていた。




食事を終えると、子どもたちは慣れた手つきで、それぞれ自分の食器を流し台へと運んでいく。

運ばれてきた皿やカップは、フィサリスとセシルが受け取り、手慣れた様子で洗っていた。


その間に、俺たちは洗濯物を担当することになった。


大量の洗濯物が山のように積み上げられた大きめの籠を、両手でしっかりと抱え込む。


「レイン様まで雑事をこなす必要は無い」


最初こそ、クローディアスがそう言って止めようとしていた。


従者らしい物言いだとは思う。

けれども、この空間で自分だけが何もせずにいるというのは、どうにも落ち着かなかった。


ただ手持ち無沙汰でジッとしているだけの方が、余計に居心地が悪い。

それに、ここは既に屋敷の外だ。

今の自分たちは貴族の子息ではなく、あくまで一般の人間として行動している。


ならば無理に“貴族として扱われる必要”も無い筈だと、そう考えていた。

なにより、自分がやりたいと思ったことだ。


自分でも少し変わっている自覚はある。

普通の貴族の子息であれば、屋敷の外であってもなお、それ相応の扱いを求めるものだろうから。


クローディアスは思考を巡らせて口を閉ざす。

主人に雑事をやらせることへの抵抗と、言い出したら聞かない主人の頑固さに、どうすべきかと頭を悩ませているのかが手に取るように分かる。


そしてすぐに、やれやれと言いたげに溜め息を吐いた。


「……承知しました。ただし、ご無理はなさらぬように」


諦めにも似た、けれどどこか折り合いをつけたような声音だった。

完全に引き下がったというより、“納得はしていないが尊重する”という雰囲気だった。



そのまま孤児院の玄関横へと向かい、扉をくぐる。


まだ昼前の、朝早い時間。

眩しさと優しさが混ざったような柔らかい光が視界に広がった。


洗濯物の入った籠を地面に置くと、クローディアスは手袋を外した状態で、自分の両腕の袖を捲り上げた。


こちらも袖を捲ろうと手を動かしかけたところで、傍らからクローディアスの手が伸びてくる。

何も言わないまま、こちらの腕を軽く取り、作業の邪魔にならない位置まできっちりと整えてしまった。


その流れのまま、今度はティアへと向かったクローディアスは、彼女の両袖も軽く持ち上げ、落ちてこないよう小さなピンで留めていた。


「あ、ありがとう……」


ティアが少し戸惑い混じりに礼を言うと、クローディアスは特に表情を崩さず、短く頷いた。


水を張った桶に洗濯物を浸し、揉み洗いをしていく。

汚れを落としたものから順に、水気をしっかりと絞り、ロープへと掛けていった。


すべての洗濯物を干し終えると、布地が風を受けて緩やかに揺れた。

穏やかな光景を前に、軽く伸びをした。


「あ、全部干し終えたんですね。ありがとうございます」


ちょうどそのタイミングで通り掛かったフィサリスに、声を掛けられる。


「いえ、これくらいなら全然」


言い掛けた、その時。


「えいっ!」


弾けるような声と同時に、顔面に冷たい水が当たった。


反射的に振り向くと、そこには小さな影がひとつ。

孤児院の子どものひとり、フレイが両手で水鉄砲を構えたまま、満面の笑みを浮かべていた。


「やったー!当たったー!」


得意げにその場でぴょんぴょんと跳び跳ねるフレイ。


ぽたぽたと髪や頬から水滴が落ちていく。

なにが起きたのか理解が追いつかず、呆気にとられる。


「フレイ!悪戯も程々にしなさい!」


すぐさまフィサリスの声が飛ぶ。


しかしフレイは叱られたことすら楽しんでいるようで、まったく動じる様子がない。

それどころか次の標的を探すように水鉄砲を構え直しているではないか。


「次は誰にしよっかなー!」


なんて呑気な声を上げながら、くるりと向きを変えると、そのまま庭の奥へと駆けていく。

反省の色など微塵もない。

そのまま走り去っていくフレイの後ろ姿を、ただただ見送ることになった。


隣ではフィサリスが「もうっ」と小さく息を吐く。

すぐにこちらへと向き直り、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい。あの子、悪戯ばっかりで」


「あ、いや、気にしなくて大丈夫……!」


まだ頬を伝う水滴を手の甲で拭いながら答える。

すっかり濡れてしまったというのに、不思議と嫌な気分ではなかった。


「ああやって騒げるのも、元気な証拠だし」


苦笑混じりにそう続けると、フィサリスも困ったように、だけど少しだけ肩の力を抜いて、微笑んだ。


「そう、ですね……。ありがとうございます」


ほっとしたように零れたその言葉に、場の空気もわずかに和らぐ。

先ほどまでの慌ただしさが嘘のように、庭先には再び穏やかな空気が戻っていた。


遠くでは、フレイの笑い声がまだ響いていた。

誰かを追いかけ回しているのか、ぱしゃりと水鉄砲の音が聞こえた。

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