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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
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騒がしい朝

「それじゃあ私はここで失礼しますね。お姉ちゃんの看病もありますし」


笑顔を浮かべて告げるミーナ。

自分たちにお礼も十分に出来たと、心残りが無くなったようだった。


少しばかり名残惜しく感じるものの、引き留める理由が無い。

おまけに、病み上がりのマナをひとり留守番させたまま引き留める方が、彼女にとって余計に不安を掻き立てるだろう。


軽く会釈をして去ろうとするミーナに、軽やかな足取りでコレットが駆け寄った。

両手で包み込むように、ミーナの手を取る。


「良かったらまた、礼拝に来てくださいね。予約がいっぱいでいろんな人を待たせているから、予約してなんて、私からは簡単に言えないけど、もし頼ってくれたら絶対助けるから」


ふわりと微笑んだ。


その言葉に、ミーナは驚いたように目を瞬かせる。

何とも言えない苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべ、すぐに愛想笑いへと変える。


「……ありがとう、ございます」


聖女のことを信用出来ないと口にしていたのだから、その反応も仕方ないというものだろう。

一瞬のことでミーナの表情の変化に気付いていないのか、コレットは微笑を絶やさない。


もう一度頭を下げると、そのままミーナは孤児院を後にする。


こうしてミーナと別れ、俺たちは孤児院に残ることになった。


噂の真偽を探るなら、大聖堂の近くに拠点を置いた方が都合がいい。

そう判断したフィサリスの配慮だ。


大聖堂に併設されたこの孤児院であれば、フィサリスやコレットも頻繁に出入りする。

それに、空き部屋もいくつかあるらしい。


大聖堂内にも寝泊まりできる部屋はあるようだが、関係者全員に俺たちの存在を共有するには時間がかかるという。


なにより、礼拝堂でコレットが騒ぎを起こしたせいで、余計な注目を集めかねない。

そうした配慮もあっての判断だった。



―――――



冷たい水で顔を洗う。

目覚めたばかりの脳に刺激が与えられ、じんわりと意識が戻ってくる。


水滴が頬を伝い、顎先からぽたりと落ちた。

タオルで軽く拭いながら、小さく息を吐く。


隣では、俺に続いてティアが水を手に掬っていた。

次に来る冷たい刺激に、ひと呼吸だけ躊躇いを見せる。

意を決したように目を瞑り、冷水を顔にあてた。


「冷たっ」


思わず漏れた小さな悲鳴に、つい笑みがこぼれた。


「おい、レイン!!」


背後で、バンッと勢いよく扉が開く。

珍しく呼び捨てにされたことと、荒い声音に驚き、反射的に振り返った。

そこには怒りを隠そうともしないクローディアスが立っていた。


額から頬にかけて、見事な落書きが施されている。

それを見た瞬間、思わず吹き出しそうになった。


同時に、何故彼がこれほどまでに怒りを露にしているのか、その理由にも察しがついてしまう。


「そ、その顔……っ。どうしたんだ……?」


緩みかける口元を片手で押さえる。

それでも笑いを完全には堪えきれず、肩が小さく震えてしまった。


「とぼけるな!」


すごい剣幕のまま、クローディアスが距離を詰めてくる。


「こんな悪戯、おまえ以外に誰がやるんだ!」

「そんなこと言われても、本当に知らないって……」


言いかけたところで、動きが止まる。


クローディアスの着ていた燕尾服の裾で、ティアが顔を拭いていたのだ。

濡れた顔を、遠慮も躊躇いもなくゴシゴシと拭い上げている。

まるでそこにあるのが高級な礼服ではなく、手頃なタオルか何かであるかのように、躊躇いが一切無い。

水滴が黒い生地に染み込み、じわりと色が変わっていく。


「……なに?」


こちらの視線に気付いて、ティアが小さく首を傾げる。

手にはまだ、クローディアスの服の裾が握られたまま。


悪びれも、焦りもない顔。

むしろ「何か問題でも?」とでも言いたげな、あまりにも澄んだ目をしてた。


「……それは、俺の服だが」


怒鳴るでもなく、抑え込んだような押し殺した静かな声。

それでもティアは、ぱちくりと瞬きをしただけだった。


「知ってるけど?」


即答。

あまりにも単純で、子どものような返答に、クローディアスが片手で額を押さえた。


先ほどまで頭に血がのぼり、このような悪戯をやりかねない主人に詰め寄っていた筈なのに。

どうしたものかと頭を悩ませてしまう。


怒るべきか、呆れるべきか。

あるいは、諦めるべきか。


判断が追いつかないまま、クローディアスは深く息を吐いた。





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