ティアの困惑
「お姉様……?」
思わず、その言葉を繰り返す。
ティアに姉妹がいたなんて、そんなことは聞いたことがない。
それも、聖女として崇められている人物が、妹?
誰もが驚き、2人へと視線を向けた。
だが、当の本人であるティア自身までもが、驚いた顔を浮かべていた。
呆然と、困惑に目を見開いて、固まっている。
それは感動というよりも、その存在すら、初めて知ったという表情だった。
戸惑いに満ちたその目は、感動とは程遠い。
寧ろ、「そんな存在は知らない」とでも言いたげな表情。
まるで、今初めて“姉妹”という言葉を聞いたかのように。
重苦しい沈黙が流れた。
ローズゴールドの長い髪。
淡いアクアブルーの瞳。
どこか作り物めいた微笑を貼り付けたその容姿は、ティアとはまるで似ても似つかない。
ティア自身、素直すぎる言動のせいか、見た目以上に幼い印象を受ける。
そのせいもあってか、ティアのことを“姉”と呼ぶのには、どうにも違和感が拭えなかった。
どちらが姉で妹かと問われれば、聖女の方が姉に見えてしまう。
「コレット様!勝手に行動しないでください!」
先ほどの騒動で、聖女を避難させようと真っ先に動いていた聖職者が、慌てて駆け寄ってくる。
コレット。
それが、聖女の名なのだろう。
「フィサリス」
コレットが振り返る。
目元から隠されていたベールはあげられ、素顔が露わになる。
毛先に行くにつれ淡く黄色に染まった鮮やかな紅緋色に、鮮やかな緑の瞳。
つり上がり気味の鋭い眼差しが、こちらに真っ直ぐに向けられた。
肩口で切り揃えられた髪のせいか、服装が女性物でなければ、少年と見紛ってしまいそうな中性的な容姿だ。
「あの……、これはいったい……?」
ミーナが戸惑いの声を漏らす。
俺たちとコレットたちの間で、視線を行き来させていた。
この場にいる誰もが、同じ疑問を抱いている。
ティアのことを“姉”と呼んだ、コレットを除いて。
「……場所を移動しますよ、コレット様。こんな場所でこのように騒ぎ立てて……、貴女の評判に関わります」
呆れを隠そうともしないまま、フィサリスが踵を返す。
ついて来い、ということなのだろう。
フィサリスを先頭に、俺たちは無言のまま歩き出した。
困ったように俺の袖を掴んで歩くティアと、その隣に当たり前のように並ぶコレット。
その後ろに他のみんなも並んでいる。
この街の住人ならば誰もがその姿を知っているであろう聖女様が、隣にいるのだからだろうか。
すれ違った人たちが動きを止めて、こちらへと視線を向ける。
それが妙に居心地が悪かった。
フィサリスに案内されて辿り着いたのは、大聖堂の隣に併設されていた小さな建物。
小さいとは言っても、隣の大聖堂が大きすぎるあまりに、小さく見えるだけで、通常の住まいにしては大きい方だろう。
建物の中へと案内され、木製の扉が静かに閉じられた。
広いとも言えない廊下を進んでいると、ふと、視線を感じた。
その視線を辿り振り返ると、通り過ぎた部屋の隙間から、こちらを窺う複数の子供の影が見え隠れしていた。
その様子に気づいたのか、フィサリスが肩を竦める。
「ここは教会が管理する孤児院です。お客人が珍しいんでしょう」
なるほど、と納得する。
道理で先ほどから子供しか姿が見えないわけだ。
「あの子たちは物珍しさに見てるだけです。気にしないでください」
前を向いたまま、フィサリスは淡々と続けた。
やがて、ひと際広い一室へと通された。
客間のようだけれども、どこか生活感の気配も感じられる。
ここで暮らしている者たちが集うリビングなのか。
もしくは、その両方を兼ねた部屋なのか。
部屋の中央には木製の長机が置かれ、その周りにはいくつもの椅子が並べられていた。
窓から差し込む光が室内を柔らかく照らしており、どこか家庭的な温もりを感じさせる。
「どうぞ、お掛けください」
促されるままに席へと腰を下ろす。
ティアは俺の隣に、コレットは迷いなくその反対側へと座った。
フィサリスはそれを確認すると、人数分の紅茶を用意してくれた。
そのまま自然な流れで、コレットの隣へと腰を下ろす。
そして誰よりも先に紅茶に口をつけると、コレットへと向き直った。
「それで?いちから全部。ちゃんと。説明していただけますね?」
「説明~……って言われても……?言った通りのまんまよ?」
途端に、フィサリスがこめかみを押さえる。
「説明になってません」
これだけの短いやり取りでも、彼女の苦労は容易に想像できた。
思わず苦笑が漏れる。
「私に、妹なんていない。私はひとりで生まれた」
はっきりと兄弟姉妹の存在を否定するティア。
だが、その表情から困惑の色は消えない。
彼女自身にさえ覚えのない話なのだろう。
その言葉が真実であれば、なおさら分からない。
なぜコレットは、ティアを“姉”と呼ぶのか。
「ね、お姉様。まだここにいられるの?それとも、すぐに出て行っちゃう?」
ティアの話なんて聞いていないのか。
それとも、関係無いのか。
コレットはお構いなしにティアを“姉”と呼び続ける。
両手を伸ばし、ティアの手を取ろうとする。
けれども、ティアはさっと手を引っ込めて、その手を避けた。
「あ……」
小さく声を漏らし、コレットは残念そうに肩を落とす。
「このまま話していても、何も分からなさそうですね」
セレナが口を挟む。
どうしたものかと、フィサリスがこめかみに指を当て、大きくため息を吐いた。
「そういえば、あなたがたはこの街の人間ではありませんね。何をしに?巡礼者……、というわけでもなさそうですし。あれだけ退屈そうに礼拝に参加していたのですから」
セレナの言う通り、コレットの話を追及しても無駄だと判断したらしい。
フィサリスはこちらへと視線を向け、俺たちに目的を尋ねた。
「それなんだけど……」
ノクスが片手を上げ、口を開く。
アルビオンからの依頼で、噂の真相を確かめに来たことを、簡潔に伝えた。




