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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
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聖女の奇跡

「よかったら、みなさんも礼拝に参加しませんか?」


ミーナのその一言をきっかけに、俺たちは大聖堂へと足を運ぶことになった。


礼拝は誰でも自由に参加できるらしく、ミーナが案内してくれるという。

この街を訪れた本来の目的までは話していないが、大聖堂に興味を示していたことは伝わってしまっていたのだろう。


だからこそ、ミーナの申し出はとても有り難かった。

断る理由も無く、俺たちは素直に同行することにした。


もっとも――

ミーナ自身、大聖堂に対して複雑な思いを抱いているようだった。


それでも礼拝には欠かさず参加しているという。

この街に暮らす以上、それは半ば義務のようなものらしい。

マナのように体調が優れないなど、よほどの事情がない限り、不参加は好ましく思われないのだとか。


……信仰、というよりは、習慣に近いのかもしれない。


ミーナが危険を冒してまで採ってきた薬草のお陰で、マナの体調は幾分か持ち直しているように見えた。

とはいえ、無理をさせるわけにもいかない。


結局、マナは留守番をすることになった。


礼拝者を迎え入れる為に開け放たれた巨大な扉をくぐる。

外の喧騒が嘘のように遠ざかり、独特な雰囲気が流れていた。


高い天井。

壁面を彩る色硝子から差し込む光は、床に淡く、美しい色彩を落としていた。

規則正しく並ぶ長椅子には、既に多くの人々が腰を下ろし、静かに祈りの時を待っていた。

用意されている長椅子だけでは全員収まらないようで、室内いっぱいに、人が集まっていた。


静謐。

その言葉が、これほどまでに似合う場所もないだろう。


正面には、等身を包み込むほどの大きな翼を背に持ち、両手に花々を抱きかかえる巨大な天使像が鎮座していた。


像の前には壇が設けられ、聖女と思われる女性が立っている。

その女性を中心に左右に並ぶ複数の聖職者たち。


聖女によって紡がれる祈りの言葉。


信仰心など持ち合わせていない俺には、その意味を理解しようという気すら起きない。

ただ、退屈さを顔に出さないようにと、意識を保つことに集中する。


不意に、怒声が神聖な空気を引き裂いた。


「おい!!いつまで待たせるんだよ!!」


祈りの声が途切れ、一気に場が静まりかえる。

一斉に視線が一点へと集まった。


人垣を押しのけるようにして、ひとりの男が前へと踏み出していく。


荒い呼吸。

乱れた衣服。

その腕には、粗雑に巻かれた布。

そこから滲む赤黒い染みが、否応なく目を引く。


「順番順番って……ッ、いつまで待たせる気だ!こっちは生活が掛かってるんだ!何ヶ月も待てだとか、そんな悠長に待ってられるか!」


吐き出される言葉には、余裕の欠片もない。

焦りと苛立ちが、隠そうともせず滲み出ている。


神聖な空気を顧みることもなく。

順序を守る気配すら見せず。

その横柄な態度に、周囲がざわめいた。


非常識だと眉をひそめる者。

怪我の具合に憐れみの視線を向ける者。

ただ興味本位に事の成り行きを見守る者。

幾重もの視線が、男へと突き刺さる。


「聖女様……」


壇上から避難させようとしたのか。

聖女の近くにいた聖職者のひとりが、誘導しようと踏み出す。


けれども、聖女は、静かに手を上げてそれを制した。

誰もが固唾を呑んで見守る中、聖女は静かに歩み寄る。


「おい!聞いてんのかーー」


怒声が響く。


その直後。

聖女は、男の腕へと静かに手を翳した。


淡い桃色の光が、彼女の手から静かに溢れ出す。


柔らかく、温かな光。

それは痛みを溶かすように、ゆっくりと傷へと染み込んでいく。


きつく巻かれていた腕の布が、はらりとほどけ、床に落ちた。


露わになった男の腕。


男の焦りようからして、今日昨日と最近出来たばかりの浅い傷ではないはずだ。

軽く擦りむいた程度で済むようなものでもない。


それなのに、赤黒く染まった布の下は、綺麗な肌色があるだけだった。

まるで最初から、傷など存在しなかったかのように。


「治って……、る……?」


男が、呆然と呟く。


信じられないものを目の当たりにしたかのように、

自分の腕を何度も見返していた。


「……奇跡だ」


群衆の中から、誰かがぽつりと呟いた。

それをきっかけに、ざわめきが波のように広がっていく。


「本当に……治ってる……」

「傷が、跡形もなく……」

「これが……聖女様の御業……」


やがてその声は、確信へと変わるように大きくなっていった。


「奇跡だ……!」

「聖女様の奇跡だ……!」


ひとり、またひとりと、声を上げる者が増えていく。

先ほどまでの厳かな空気とは一変し、異様な高揚感と熱気が聖堂内を包み込んでいた。




「あれが……、聖女……」


小さく、呟きが零れる。

いつの間にか礼拝の時間が終わり、参列していた人々は続々と堂内を後にしていく。


先ほどまでの熱気が嘘のように、

広い空間には穏やかな静けさが戻りつつあった。


人もまばらになった頃。

自分たちはどうするか、と見合っていると。


「お姉様……!」


不意に、澄んだ声が堂内に響き渡り、静寂を破る。


ベルベットの絨毯を駆ける足音。

振り返る間もなく、白いローブが視界に飛び込んできた。


「え……?」


困惑の声。

突然抱き寄せられたティア。

白く広い袖から覗く細い腕が、逃がすまいとするかのように強く回される。


目の前にいたのは、

先ほどまで壇の中央に立っていた、あの聖女だった。





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