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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
44/70

聖都エクレシア

やがて、視界の先に白亜の城壁が見えてきた。


陽光を受けて淡く輝くそれは、遠目からでも他の街とは一線を画す存在感を放っている。

高くそびえ立つ分厚い壁。

そして、その中央に備えられた大門。


門へと近づくにつれ、周囲の喧騒が次第に大きくなっていく。

行商人、旅人、巡礼者。

様々な人たちがそれぞれの目的を胸に、都へと足を踏み入れようと列をなしていた。


やがて順番が回ってくると、門番による簡単な確認が行われた。


身分や目的を問われはしたものの、特に問題視されることもなかった。

それどころか、俺たちの乗る馬車がアルビオン所有のものだと分かると、あっさりと通過を許された。


門をくぐった瞬間、空気が変わる。

どこか澄み渡った、静謐な雰囲気。


石畳の道は隅々まで整えられ、白を基調とした建物が整然と並んでいる。

通りを行き交う人々の表情も、どこか穏やかで落ち着いて見えた。


「ここが、聖都エクレシア……」


思わず、呟きが漏れた。


白を基調とした街並みの先。

その中心に、ひときわ荘厳な存在がそびえ立っている。


幾重にも重なる尖塔が、空へと真っ直ぐに伸びていた。

無駄のない造りで、ただそれだけで圧倒される高さだ。

外壁は陽光を受け、白く輝き、穢れを知らない清らかさを体現しているようだった。


そして正面に据えられた大扉。


その上部、建物の中心には大きなステンドグラスがはめ込まれていた。

花のようにも見える幾何学模様が組み合わさったそれは、細かく作り込まれていて、どこか静かな印象を与える。

差し込む陽光を受けて、赤や青の光が淡く地面を彩っていた。


「あれが、大聖堂です」


ミーナが静かに告げる。

その声音には、敬意というよりも、どこか距離を置いたような響きが混じっていた。


「……?」


ティアは大聖堂を見上げたまま、僅かな違和感を覚えていた。

だが、そのことに気づく者は、誰もいなかった。





整然とした大通りから外れ、いくつかの路地を抜けた先。

ミーナの案内に従い、馬車はゆっくりと進んでいく。


やがてミーナが口を開いた。


「あ、ここです!ここが私の家です!」


無事に家に到着して、ようやく緊張の糸がほぐれたのだろう。

笑顔を見せるミーナに、こちらもほっとする。


指し示された先にあったのは、こぢんまりとした一軒の家だった。

白い壁に、これまた白い木製の扉。

窓辺には植物が飾られており、落ち着いた雰囲気を見せていた。


「あの、良かったら寄っていきませんか?助けていただいたお礼もしたいので」


どうしようかと悩み掛けたところで、御者台から声がした。


「先に中に入ってなよ。ここまで馬車に揺られて疲れたでしょ~?折角の申し出なんだから、無下に断るのも失礼ってもんだよ~」


確かに、ノクスの言うことにも一理ある。

それならばと、ミーナの申し出を素直に受けることにした。


途端に、ミーナの笑顔がぱっと明るくなる。


乗車席から全員が降りる。

それを確認すると、ノクスが手綱を引いた。

セレナだけがそのまま御者台に残ったまま。


ノクスは軽く周囲を確認した後、そのまま馬車を預かり所へ向けて進ませていった。


「お姉ちゃーん、今帰ったよー!」


ギィ、と音を立てながら、ミーナが玄関の扉を開ける。

そのまま中へと足を踏み入れ、俺たちも後に続いた。


決して広くはない造りだ。

わずかに窮屈さも感じるが、狭すぎるというほどでもない。

なにより、白樺で出来た白い壁や床の造りが、窮屈さよりも落ち着きを与えてくれている気さえした。


ミーナの呼びかけに応じるように、部屋の奥からひとりの女性が姿を現した。

ブランケットを肩に掛けて、壁に手を添えながら、どこか頼りない足取りでこちらを出迎える。


「ミーナ……?まさか、ひとりで街の外に行ったの?」


ミーナが抱えていた籠の中身を見て、彼女が何処に行っていたのかを察してしまったのだろう。

帰宅の挨拶よりも先に、問いが投げ掛けられた。


途端に、「あー……」と、気まずそうにミーナが目を泳がせる。


そんな反応をされれば、答えは聞くまでもない。

女性はこめかみに手を当て、「はぁ……」と大きく息をついた。


「だ、だってお姉ちゃん!ここのところずっと高熱が続いてるし、心配だったんだもん……」


慌てたように、ミーナが言い訳を口にする。

その様子に、女性は責めるでもなく、肩をすくめて小さく笑った。


「わかってるわよ……。私のためだってことくらい。でも、心配はするんだからね」


ミーナが小さく「うん……」と頷く。

そこでようやく、女性がこちらへと向き直った。


「ミーナがお世話になったみたいですね。本当にありがとうございます」


両手を重ねて深々と頭を下げる。


「私はマナ。ミーナの姉です」


こちらも軽く会釈を返す。

簡単に言葉を交わしながら、まだ戻ってきていない2人のことにも軽く触れておいた。


ミーナに促され、椅子に腰を下ろす。

ほどなくして、目の前に淡い黄緑色のハーブティーが置かれた。

ほのかに爽やかな香りが立ちのぼる。


湯気の立つカップに手を伸ばし、口に含む。

ほのかな苦みとともに、すっきりとした香りが口の中に広がった。


「いい香りだな」


思わず零れた言葉に、ミーナが嬉しそうに笑う。


「でしょ?それ、さっき摘んできたばかりのやつなんです。熱冷ましだけじゃなくて、疲労回復、リラックス効果もあるんですよ」


そう言いながら、自分の分のカップを大事そうに包み込むように持つ。

視線の先では、マナが椅子に腰を下ろしていた。


先ほどまで立っていただけでも辛そうだった。

けれど、ミーナの淹れたハーブティーを口にして、緊張の糸がほぐれたのだろうか。

少しばかり顔色が落ち着いたように見えた。


「体調、大丈夫ですか?無理をさせてしまってるんじゃ……」


気遣いの言葉を口にすると、マナは「ふふ」っと小さく笑った。


「大丈夫ですよ。寝てばっかりなのも身体に良くないってものです。それに、こうして誰かと話してる方が、よほど元気が出ますから」


そう言って、マナは小さく肩を竦めた。


ふと、隣に視線をやると、ティアがんべっと小さく舌を出していた。

どうやらハーブティーの独特の爽やかな風味が口に合わなかったらしい。

苦々しい表情を浮かべている様子に、思わず笑ってしまった。


「失礼ですが、聖女様に診てもらおうとは考えないのですか?」


クローディアスが疑問を口にする。


「……診てもらった方が早いのはわかってます。けど……」


マナの言葉が途切れる。


「けど……?」


煮え切らない言い方に、思わず問い返す。

何か引っかかるものがあるのだろうか。


「身体の欠損から、亡くなった方さえも治療してしまう……、そんな聖女様の御業を、どうしても信用出来なくて……。街の人たちは“奇跡”だと口を揃えて言いますけど……」


声を潜めるようにして、マナは続けた。

後ろめたさを自覚しているのか、その表情はどこか重々しい。


「それは確かに胡散臭いよねぇ〜」


不意に、背後からノクスの声が降ってきた。


同時に、ひょいと伸ばされる手。


それは俺の前に置かれていたティーカップをなんの躊躇いもなく掴み、そのまま口へと運ばれる。


「あっ……」


唐突過ぎて、制止する間もない。


「……間接キス」


セレナの小さな呟きが耳に届く。


一瞬、場の空気が固まる。


当の本人はというと、何事もなかったかのようにカップを傾け、

「ん、悪くないね」

などと、呑気に感想まで口にしている。


気にするどころか、もう片方の腕の中で静かに抱き抱えられているセレナへと視線を移し、

「お姫様も飲む?」

と誘ってさえいた。


「……遠慮しておきます」


セレナは呆れたような視線をノクスに向け、小さく首を振る。

キッパリと拒否していた。


視界の端では、クローディアスがこちらを指差したまま、

「なっ……な……な……!?」

と、言葉にならない声を漏らしている。


その様子があまりにも滑稽で。

思わず、笑いをこらえるのに必死になってしまった。

お陰で、こんな状況だというのに、不思議と冷静でいられた。


「あはは、良かったらこのまま泊まって行ってください!狭いですけど、今から宿を探すよりいいでしょ?ね、お姉ちゃんもいいよね?」


途端に賑やかになった空気の中、ミーナが身を乗り出すようにして言った。


その申し出はとても有り難い。

けれど、本当に甘えてしまっていいのだろうか。


視線を向けると、マナはくすくすと楽しげに笑いながら頷く。

「ええ、構いませんよ。どうぞ泊まっていってくださいな」

柔らかな声色。

無理に気を遣っている様子はなく、心からの言葉だと分かる。


それならば。

「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

断る理由もなく、こちらも素直に頷いた。



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