野盗掃討、その後で
男の1人が斧を横薙ぎに振るう。
鈍い風圧を伴ったその一撃が、ティアへと迫った。
だが、その刃が届く先に、ティアは素早く腰を落とした。
地面すれすれまでしゃがみ込み、斧は虚空のみを切り裂き、風を切る音だけが頭上を通り過ぎていく。
「なっ……!」
勢いにつられて男の体勢が崩れ、男の足元がふらつく。
その隙を狙う。
俺は懐に滑り込むように一気に踏み込み、鞘に納めたまま、短剣の峰を男の腹に叩きつけた。
「がっ……!」
途端に、男の体がくの字に折れる。
斧を持っていた男が地面に倒れ込む寸前。
背後から別の男の気配がした。
「このっ……!調子に乗ってんじゃんねぇぞ!」
抜き身の剣が振り下ろされる。
「遅い」
その声は、男の背後から聞こえてきた。
クローディアスが男の後頭部を掴み、後方へと引き寄せる。
そのまま勢い良く、男の顔面を馬車の車体へと叩きつけた。
「ちょっとちょっと~……。無駄に汚さないでよねぇ?怒られるのボクなんだからぁ」
御者台から吞気な声音で、苦言が飛んできた。
手綱を握ったまま傍観を決め込んでいたノクスだ。
苦言を呈しながらも、その口元には楽しげに笑みが浮かべられている。
ノクスにだけ特に当たりの強いクローディアスでも、流石に悪いと思ったらしい。
「すまない!」
と謝罪の言葉を口にした。
不意にノクスの隣から
「きゃっ」
と短い悲鳴があがる。
そちらに目をやると、いつの間に接近していたのだろうか。
セレナの細い手首を、野盗の一人が掴んでいた。
「このガキひとりだけでも、お釣りが来るってもんだろ!こんなガキ、物好きな変態ジジィにでも売れば大金が手に入るってもん――ふぎゃっ!?」
言葉の途中で、男の顔面に衝撃が走る。
「きったない手でお姫様に触らないでくれないかなぁ?」
ノクスの靴底が、男の顔面に深くめり込んでいた。
鈍い衝撃音とともに、男の身体がその場に崩れ落ちる。
掴まれていた手首が解放されるのと同時に、ノクスは自然な動きでセレナを抱き上げた。
「しかもきっもち悪い……。耳が腐っちゃうでしょ~?」
口元には笑みを浮かべていたまま。
その目には、ハッキリと侮蔑の色が混じっていた。
不意に、反対側から鈍い音が響いた。
ゴンッ、と重く乾いた衝撃音。
ティアが、2人の男の頭をそれぞれ片手で掴み、そのまま勢いよく打ち合わせた音だった。
間に挟まれた衝撃は逃げ場を失い、鈍い悲鳴すら上げる間もなく2人の身体から力が抜けていく。
揃って崩れ落ちるように、その場へ倒れ込んだ。
その光景を見下ろしながら、ティアが小さく呟きを溢した。
「終わり」
―――――
「た、助けていただき、ありがとうございます……!」
野盗に襲われていた少女が、深々と頭を下げた。
その腕の中には、小さな籠が大事そうに抱えられている。
中には、先ほどまで地面に散らばっていた草花が丁寧に収められていた。
野盗に襲われた拍子にばら撒かれたのであろうそれを、戦いのあとで皆で拾い集めたものだ。
まだ微かに震えている指先。
それが、つい先ほどまでの出来事による恐怖を物語っていた。
「私、ミーナっていいます」
顔を上げた少女――ミーナは、どこか緊張した面持ちのまま名乗る。
「怪我は無い?」
「あ、はい!お陰様で、大丈夫です!」
ぱっと顔をあげて返事を返してくれたものの、その表情の奥に残る怯えはまだ消えていない。
無理に気丈に振る舞っているのが、なんとなく伝わってくる。
「なんでこんな場所に?見たところひとりみたいだし……、危ないでしょ」
周囲を見渡しても、ミーナの連れらしき人影なんて見当たらない。
決して治安の良いと言えない街の外を、か弱い女性ひとりで出歩くにはあまりにも無謀すぎる。
「えっと……、この薬草を採りに来てたんです……」
ミーナの抱える籠の中には、いくつもの草花が収められていた。
一見すれば、どこにでも生えていそうな雑草にしか見えない。
だが、薬草に詳しくない者が見逃すようなそれらも、確かな価値を持つものなのだろう。
薬効を知る者でなければ、ただの草として見過ごしてしまうに違いない。
「街の中で手に入らないの?」
ここから最も近い街は、俺たちが向かっているエクレシアだ。
聖都と呼ばれるくらいなのだから、薬屋や薬草を扱う店くらいあるだろう。
それにも関わらず、武器も持たない一般人が街道まで足を運ぶ――。
よほどの事情があると考えるのが自然だった。
「えっと、はい……。街では聖女様に治療をお願いすれば、大抵の病気や怪我は治してくださるんですけど……、その分、待ち時間が長くて……。何ヶ月も後にようやく予約できる状態で……。そんな状況だから、お店もお薬をあんまり扱わなくなってるんです……」
「だからと言って、流石に無茶ですよ」
セレナが呆れたように肩を竦めた。
偶然自分たちが通り掛からなかったらどうなっていたことか。
考えただけで背筋が冷える。
「すみません……。でも、どうしても必要で……」
申し訳なさそうに視線を落とすミーナ。
その様子に、一歩前に出た。
「良かったら、ミーナも俺たちと行かない?俺たちもエクレシアに向かってる途中なんだ」
ミーナは驚いたように顔を上げる。
「え……で、でも……、ご迷惑では……」
「気にしなくていい。このまま放っておいて、また襲われでもしたらこちらも寝覚めが悪い」
淡々とした口調で、クローディアスが言葉を重ねる。
沈黙が流れる。
やがて、意を決したようにミーナは顔を上げ、まっすぐこちらを見た。
「……ありがとうございます。お世話になります」
こうして、ミーナを送り届けることが決まったのだった。




