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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第二章
41/70

アステルの頼み事

貴族所有の馬車にしては、落ち着いた外装の馬車の中。

ガタゴトと石畳を踏みしめる車輪の音と、馬の蹄の音が一定の調子で響き続けていた。

車輪が小石を踏むたびに、鈍い音と共に車体がわずかに跳ねる。


御者台にはノクスとセレナが並んで座っていた。


前方を見据えたまま、ノクスは手慣れた様子で手綱をノクスが慣れた手つきで手綱を操っていた。

前を行くのは、手入れの行き届いた栗毛の二頭の馬。

隣に座るセレナは、風に髪を揺らしながら静かに周囲の景色を眺めている。


車内の座席は向かい合わせの造りになっていた。

俺の隣にはティアが腰を下ろしていた。

揺れに合わせてかすかに肩が触れ合う距離だが、彼女は特に気にした様子もなく、窓から見える外の景色を楽しんでいる。


その向かいにはクローディアスが座っている。

背もたれにゆったりと身体を預けながらも、視線だけはこちらへ向けている。

狭すぎず、かといって余裕があるわけでもない空間の中で、それぞれが静かな時間を共有していた。


馬車の中では、会話らしい会話はほとんど交わされていない。

けれど、決して居心地の悪いものでは無い。

むしろ心地の良い、落ち着いた静寂が流れていた。


ティアの背中越しに、ぼんやりと外の景色を眺める。

思い返すのは出掛けることになった前日。

屋敷でのアステルとの会話内容だった。




――――




屋敷の一室。

本来は執務室として使われていたのだろうか。


執務机は配置されておらず、部屋本来の役割を放棄されているような印象を受けた。


壁の一面を占める大きな窓からは、外の景色が余すことなく差し込んでいる。

柔らかな光が部屋を照らし、その明るさとは裏腹に、室内には静かな閉塞感が漂っていた。

窓を囲むように設えられた本棚には、隙間なく本が詰め込まれている。


部屋の中央には厚手の絨毯と、来客対応用と思われる長机、そしていくつかの椅子が並べられているのみ。


その部屋に、アステルによって全員が集められていた。

そこそこの広さのこの部屋に、六人も集まると、少しばかり窮屈に感じてしまう。


「それで?全員を集めるということは、何か大事なお話があるのでしょう?」


セレナが切り出す。


「あぁ。おまえたちに頼みたいことが出来た」

「頼みたいこと?」


思わず聞き返す。

アステルはこくりと頷く。


長机の上に、一枚の地図が静かに広げられた。

使い込まれているのか、紙の端はわずかに擦り切れ、幾度も開かれてきた痕跡が残っている。


アステルは迷いなくその一点に指差した。

そこは現在地から離れたところに位置する都市だった。


「聖都エクレシア……?ここってアルビオンが管理している都市だよね?」


地図を覗き込みながら、ノクスが小さく首を傾げた。


アルビオン――。

つまりは、アステルの家が統治している領地の名だ。


「形式上は、な」


短く言い切ったアステルの声は、どこか冷ややかだった。


「実際には教会の影響力が強い。あの都市は、ほぼ独立していると言っていい。それでも、アルビオンは問題さえ起こさなければと、長い間目を瞑ってきた」


「問題さえ起こさなければ……、ねぇ……」


ノクスが意味ありげに口元を歪め、小さく笑みを浮かべた。


「つまり、そのアルビオン領内の都市でなにか問題が起きたから、私たちに調査、もしくは対処をして欲しいってところですか……」


「そういうことだ」


「それで?どんな問題起こされたの?資金の横領?反逆?それとも市民の暴徒化?」


クスクスと笑いながら、物騒な単語を羅列していく。

意地が悪い。

思わずノクスへと冷めた視線を向けてしまった。


空気を読まないノクスの様子に、アステルは腹を立てることもしない。

ただ静かに、目を伏せて首を左右に振る。


「分からない」


予想外の返事に、「は?」と、アステルとティアを除く全員の声が重なる。


「分からないって……、どういうことだ?」


素直な疑問が口を突いて出る。


問題が発生したからこそ、俺たちに調査や対処を頼もうとしているのではないのか。

それなのに、肝心の中身が分からないとはどういうことなのか。


納得のいかないまま、視線が自然とアステルへ集まっていく。


「一見すると、なにも変わっていないんだ。だが、人が消えるだとか、亡くなったはずの者が生き返っただとか……、そういう噂が流れ始めている」


その言葉に、しん、と沈黙が流れた。


「噂……、という割には随分と物騒だねぇ~」


「噂は噂だ、と切り捨てることも出来る。けど、念には念を、というやつだ。ただの杞憂ならそれでいい」


それまでほとんど黙って話を聞いていたクローディアスが、おずおずと片手を上げる。


「すみません」

と控えめな声が、その空気の中に割って入った。


「アルビオン領内の調査を、他家や一般の者に任せても……、問題は無いのでしょうか?」


慎重さを含んだその声音には、単なる疑問だけではなく、場の立場や礼節を踏まえた配慮が滲んでいた。


その問いに、アステルはすぐ答えなかった。

一拍だけ間を置いて、口を開く。


「……本来であれば、問題になるんだろうな。だからこそ、俺が話を持って来てるんだ」

「アルビオン家からの直接の依頼……という名目でなら、部外者に当てはまらない。ということですか」

「そういうことだ」

「よく考えたねぇ~」


短く返すアステルに、ノクスは軽く肩を竦めて見せた。


「どうせジッとしておけと言っても、おまえたちがおとなしくしている訳が無いというのはよーーーく分かったからな。こうでもして活用しないと、次はどこに行くか分かったもんじゃない」


アステルの声音は淡々としていたが、わずかに呆れが混じっていた。


「あれぇ?もしかしてまだ根に持ってるー?しつこい男は嫌われるぞー?」


ノクスがにやりとわざとらしく笑みを浮かべ、アステルをからかう。


その瞬間、それまで冷静に話していたアステルのこめかみに、ぴくりと青筋が浮かんだように見えた気がした。

ゆらりと顔をあげ、嫌な笑顔を浮かる。


「……分かった」


嫌な空気が、その場に漂った気がした。


「ノクス。おまえだけ、たっぷり延長戦といこうじゃないか」


その一言で、ノクスだけ、長時間に渡る説教が決まったのであった。

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