表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
39/72

崩れ落ちる巨影

「黒犬くんは行ったみたいだねぇ」


ギリギリと軋むワイヤーを握りしめながら、視線だけを後方へと向ける。

レインたちの元へ駆け出したクローディアスの背は、すでに影もない。

足音すら、とうに聞こえなくなっていた。


「いつまで……」


苛立ちを押し潰すような、ざらついた声が漏れる。


視線を前へ戻すと、縫い留められた腕を無理やり引き剥がそうとするグラオザームの姿があった。

ワイヤーが悲鳴を上げるたび、空気までもが軋むように揺れる。


「あ~……、これはマズイかもぉ……?」


軽い口調とは裏腹に、嫌な予感が走る。


このままでは拘束ごと力任せに引きちぎられる。

そんな未来が、現実味を帯びていた。


「こうしておくつもりだ!!」


ワイヤーが限界を迎えるより早く、拘束を解除する。

同時に、傍らのセレナを抱き上げ、その場から飛び退いた。


地面に叩き付けられる大剣。

轟音とともに衝撃が走り、石畳が蜘蛛の巣状にひび割れる。


「わぁ……。すっごい馬鹿力」


あのまま拘束を続けていれば、間違いなく引き千切られていただろう。


割れた地面を足場に跳ぶ。

セレナを抱えたまま、足場から足場へと移り、グラオザームから距離を取る。


「あはは~、ほんっと、冗談きついって~」


軽口を叩きながらも、足は止めない。

止まれば終わる。

それだけは、はっきりしていた。


「あれだけ格好つけてまでクローディアスを送り出したクセに。これでは格好つかないですね」


「そんなこと言われても仕方ないでしょ~?あんな脳ミソまで筋肉詰まってそうな相手、相性悪いって~」


飛来する細かな破片を、セレナが光弾で撃ち落とす。

瞬きひとつせず、正確に対処していった。


「ノクス」


名を呼ばれ、視線だけを腕の中へと向ける。

セレナは視線を合わせることもなく、ボクの腕にそっと手を添えた。


「このままだとあなたの武器も使えないでしょう?……命令を」


セレナの声は、ひどく静かだった。


地面を砕きながら向き直るグラオザームの姿が、嫌でも視界の端に入る。


足場にしていた瓦礫を蹴り、無理やり軌道を変える。

直後、先ほどまでいた空間ごと、大剣が薙ぎ払われた。

風圧だけで、身体が持っていかれそうになる。


「ほらほらァ!!逃げてばっかでいいのかァ!?」


愉悦に歪んだ声が背後から聞こえてくる。


「命令しろってさぁ……、どっちが命令してんだか分かんないよねぇ。人使いが荒いお姫様だこと……」


軽口で返しながらも、視線は前から外さない。


確かにこのままでは、自分の武器も役に立たない。

簡単に千切られて終わりだ。


こちらに残された選択肢など、最初から無いに等しい。


「しょうがないなぁ」


小さく息を吐き出し、セレナを抱く腕にわずかに力を込めた。


首筋に熱が集まる。

黒い刻印が淡く光り、じわりと広がっていく。


焼けるほどではない。

けれど普段よりも強い熱が、皮膚の下を這う。


セレナの細い指先から、布越しに触れられていた腕へと、光が伝う。

対象は服の下に仕込んでいたワイヤー。


ただのワイヤーに、セレナの力で強化が施される。


それが終わると、彼女は一言だけ

「それでは、後は任せます」

と、静かな声で残し、セレナは姿を消した。


白く細い、月下美人の花弁を舞わせて。


「……はいはい、責任重大ってやつだねぇ」


くすりと笑みを浮かべる。

腕の中から重みが無くなると同時に、足を止めた。

振り返ると、グラオザームが目の前まで迫っていた。


「もうちょこまかと逃げ回るのは終わりか?」


その巨体は、獲物を確かめるようにこちらを見下ろしている。

こちらの様子を見て取ったのか、それ以上は踏み込んでこない。

攻撃の手を止め、大剣を肩へと担ぎ上げた。


「そうそう終わり終わり~。お姫様は安全な場所に避難してもらったし、いい加減鬼ごっこも飽きたでしょ~?」


くっ、と喉の奥で笑われる。


「それもそうだ!あんなお荷物抱えてちゃ、邪魔くせぇったらありゃしねぇ!」


表情は変えない。

だが、“お荷物”という言葉に、わずかに反応してしまった。


それに気付かれた様子はない。

あるいは、気に留める価値もないと思っているのか。


グラオザームは、何事もなかったかのようにこちらを見据えている。

ただようやくこれで続きが出来ると歓喜しているようで、歯を剥き出しにして笑っていた。


「これでようやく、まともに遊べるってもんだなァ!」


ズン、とグラオザームが強く地面を踏み込む。

同時に、踏み込んだ箇所の石畳が砕け、細かな破片が跳ねた。


肩に担いでいた大剣が振り下ろされる。


「……っと」


紙一重でそれを躱す。

刃が通り過ぎる音だけが、耳の横を掠めた。


振り下ろされた大剣が地面を砕き、地面が割れる。


そのまま身を屈め、懐へと踏み込んだ。


「――あ?」


一瞬遅れて、グラオザームの反応が漏れる。


グラオザームの頬が、浅く裂ける。

頬を鮮やかな赤が伝い、それを手の甲で乱暴に拭った。


「こんなもんで調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


怒気とともに大剣が横薙ぎに振るわれる。

咄嗟に跳び上がり、その刃の面に片手をついた。


そのまま腕に力を込める。

身体を跳ね上げるようにして、グラオザームの頭上を越え、背後へと回り込んだ。


それを追うように、グラオザームが大剣ごと身体を捻ろうとする。


――が。


「っ……!?」


グラオザームの動きが止まった。


空気が、一瞬だけ静止する。


ワイヤーが、その身体を絡め取っている。

今度は武器だけではない。

身体全身を縛り上げていた。


力任せに引き千切ろうと、腕を引く。

金属が軋む音が、低く響いた。

それでも、セレナの力で強化されたワイヤーは、びくともしない。


「……クソがァ……!」


低い怒声をあげ、苛立ちを露にする。


「……チェックメイト」


その言葉を合図に、閃光がグラオザームの身体を貫いた。


グラオザームの身体が、膝からゆっくりと崩れ落ちる。

遅れて大剣が重い音を立てて転がった。


廃墟の外。

太い木の枝に立つセレナが放った光の光線。


光の残滓が、静かに空中に消えていく。


彼女の前方に展開されていた白く巨大な花が、ゆっくりと解けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ