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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
38/70

最期まで一緒に

シオンの背筋にぞくりと寒気が走る。


次の瞬間、弾かれるように振り向く。

それと同時に、迫る殺気を断ち切るように身体を捻った。


「ッ……!!」


それでも完全には避けきれず、彼の脇腹に浅く刃が走った。


「あの時の……、従者気取りか……!」


吐き捨てるような声。


その視線の先――。


剣を振り抜いた体勢のまま、クローディアスが立っていた。

鋭く睨み据え、微動だにしない。


癖のある黒髪は乱れ、肩で息をしている。

ここまで急いで駆けつけたのは明らかだった。


「“気取り”じゃない。従者だ!」


言い切ると同時に、クローディアスの足が踏み込まれる。

振り抜いた剣を引き戻し、柄を握り直す。

間を置かず、二撃目が叩き込まれた。


「ちっ、面倒なのが増えたな」


シオンは舌打ちと同時に後方へ滑るように距離を取る。

その刹那、シランがはっと息を呑んだ。


「シオン!!避けてッ!!」


ティアが小さく跳躍し、頭上から刃を振り下ろす。


シオンが気づくより先に、黒い刃が右腕を裂いた。

肩から手の甲へ、一直線に刻まれた深い傷。

鮮血が地面へ落ち、色を変えていく。


「っ……、こいつらぁああ……!」


激昂したシランが、弾かれるように飛び出す。

対峙していたはずの俺への意識が切れ、そのままシオンへと突き進んだ。


シオンの傍らに割り込み、円刃を振るう。

ティアとクローディアスをまとめて払うように。


そして次の瞬間――。

シランは武器を手放した。


金属が地面に落ちる乾いた音。

代わりに、シオンの身体を抱きしめる。


「シオン!!大丈夫!?シオン!!!」


張り裂けるような声。

目から涙をあふれさせながら、何度も名前を呼ぶ。


対するシオンは、腕に支えられながら立ち尽くしていた。

視線は定まらず、焦点だけが宙を彷徨う。


ティアの黒い刃は、掠り傷でも対象の時間感覚を狂わせる。

あれだけ深く切り傷を受けたのならば、実際の時間と感覚が相当乖離しているだろう。


顔をあげても焦点の合わないシオンの様子。


シランは一瞬だけ迷い、それから恐る恐る手を伸ばした。


「シオン……?」


シランの指先が、シオンの袖口に触れる。


その瞬間、シオンの肩がわずかに跳ねた。

反応はある。

だが、こちらを見たのはさらに数秒遅れてからだった。


シランはそのまま、慎重に手を取ろうとする。

しかし指が触れた感触に、妙な違和感を覚えた。

触れている筈なのに、反応が遅い。

力を込めても、返ってくる反応がずれている。


まるで、相手の動きだけがほんの少し遅れてついてくるような不自然な噛み合わなさを感じる。


「もしかして……」


シランの唇から、小さく呟きが漏れる。


「感覚が……、おかしくなっちゃった……?」


シオンは答えない。

いや、答えられないでいた。


開きかけた口は言葉にならず、呼吸だけが浅く繰り返されている。

シランは一度、目を伏せた。


「そっか……」


静かにそう呟き、シオンを地面へ座らせる。

ふらつく足取りで落ちた円刃を拾いに向かった。


クローディアスが即座に剣を構える。

だが俺は手を上げ、それを制した。


もう、殺意は感じられない。


そう感じたからこそ、追い打ちを掛ける必要はないと判断した。


控え目な金属音を立てながら、円刃を拾いあげる。

直前までふらついていたとは思えないほど、しっかりと地面を踏み込む。


シランは円刃を拾い上げると、その場でゆっくりと回す。

弧を描きながら旋回するそれは、どこを狙ってるかも分からない。

けれど、確実に円刃の軌道上に俺たちはいなかった。


シランは円刃を投擲すると、すぐにシオンの元へ歩み寄る。

そのままシオンの身体を抱きしめた。


「……ねぇ、シオン」


先ほどまでとは違う、静かな声。


「あいつらとの時間……、ほんとは楽しかった……?」


返事はない。

それでも、シランはくすりと小さく笑う。


「言わなくても分かるよ。シオンって、そういうの隠せないもん」


シランが空を見上げる。

その頬を、涙が伝った。


「あ~あ……、ちゃんと教えてくれたら、違ったのかな」


そう言って、自虐気味に笑う。


「あはは、無理か。嫉妬しちゃうもんね。羨ましくて、憎くて……、殺したくなっちゃう」


ぎゅっと抱きしめる腕に力が込もる。


「ね、シオン。……大好き」


シオンの腕が、ゆっくりとシランの背に回る。

歪んだ感覚のまま、それでも応えるように。


一瞬だけ、シランは驚いた顔をして――。

すぐに笑った。


「最期まで……、死んでも一緒にいようね……」


タイミングを見計らったように、円刃が戻ってくる。

シランはそれを受け止めようともしない。


ただ静かに、銀色の刃を背中から受け止めた。


金属が地に落ちる音。

そして静かに崩れ落ちる、四つの影。


大量の赤に染まりながら、

二人はまるで眠るように、

そこに沈み込んだ。

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