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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
35/69

不意打ち

次の瞬間。


シオンの隣に立っていた筈のシランの姿が、忽然と消えた。

視界から、完全に。

気配すら、掻き消えるように。

目で姿を捉えるよりも先に、背筋にぞわりとした悪寒が走る。


気付いた時には、目の前まで刃が迫っていた。


咄嗟に短剣を構える。

考えるより先に、身体が動いていた。

真正面から、その刃を受け止める。


視界いっぱいに広がったのは、巨大な円形の刃。

人の下半身ほどもある、異様な大きさの円刃。


それは切り裂くためのものではない。


叩き潰すように、

押し出すように、

質量そのものをぶつけてくる一撃。


金属と金属がぶつかり合う鈍い音が、空気を震わせた。


「っ……!」


反射的に受けた瞬間、腕に鈍い衝撃が走る。


重い、なんてものじゃない。

防いだという感覚すら無かった。


踏みとどまろうと足に力を込める。

石畳に靴底が擦れ、嫌な音を立てる。


けれど。


その抵抗すら意味を成さないまま、身体が後ろへと弾き飛ばされた。


地面が遠ざかり、視界が一瞬で流れる。

天井、壁、崩れた柱、割れた窓、と景色が流れ、その勢いのまま、廃墟の外まで飛ばされた。

このままでは背中から地面に叩きつけられる。

――そのはずだった。


「レイン!!」


背中に軽い衝撃と、ティアの声。

俺の身体が弾き飛ばされるのとほぼ同時に、ティアが飛び出していた。


腕が背中に回され、落下の軌道が無理やりねじ曲げられる。

衝撃が地面へ向かう直前、勢いが殺された。


それでも完全には止まりきらない。

けれども、致命的な事態からは避けられる。


ティアの靴底が石畳を削る。

ヒールが折れてしまいそうなくらいの強い力。

2人分の重さと勢いを無理やり受け止め、地面に着地した。


「……っ、はぁ……」


ティアの荒い息が、耳元でこぼれる。

ティアの腕の力がわずかに緩む。

それでも、まだ離さないまま、こちらを覗き込んだ。


「大丈夫?」


すぐ近くで、声がした。

顔を上げると、至近距離でティアと目が合う。


「あ、あぁ……」


自分でも驚くくらい、普通に声が出た。

真正面から攻撃を受けた影響で腕はまだ痺れた感覚が残っている。

それでも骨は折れていない。

致命傷も、掠り傷すらない。


それが分かると、ティアは小さく息を吐き、小さく笑みを浮かべた。


けれどすぐに、その表情は消える。

警戒へと変わり、前方へと顔を向ける。


俺の身体から腕を離し、立ち上がった。

そのまま2つの短剣を両手に握りしめて。


「人間のくせに、今の受け止めるんだ?」


カツン、と石畳を踏む音が響く。

ゆっくりと、こちらへ歩いてくる影。

無造作に片手に握られている円形の武器。


口端は弧を結び、笑みを浮かべている。

けれどその目は、一切笑っていなかった。


「おまえだよね?人間。シオンをおかしくしたの」


「……は?」


言っている意味がわからない。

俺がシオンをおかしくした?


喉の奥に引っかかる違和感を、そのまま吐き出すように、


「シオンはシオンだろ」


短く言い切った。


その言葉に、シランの動きが止まった。


ぴたり、と。

まるで時間ごと凍りついたみたいに。


「……へぇ?」


貼り付けられていたような笑みが、シランの表情から剥がれ落ちる。

冷えきった視線が、真っ直ぐにこちらを射抜いた。


「おまえが……。私以外の他人が……、シオンのことをわかってるみたいに言うんだ……」


低く、沈んだ声音。

押し殺しているはずなのに、滲み出る怒りが隠しきれていない。


途端に空気が重くなる。


円刃を握りしめる手に力がこもる。

白くなるほどに握り込まれた指先が、小刻みに震えていた。


「おまえが……!」


一歩。距離を詰め寄られる。

石畳を踏む音が、やけに大きく響く。


「おまえなんかがシオンに触れて!!」


声が荒れる。

まるで抑え込んでていたものが、堰を切ったように。


「おまえなんかが、わかったみたいな顔でシオンを語って……ッ!!」


叫びに近い声が、周囲に響く。

その瞬間。

空気を断ち切るように――


「シラン」


静かな声が、割り込んだ。

はっ、としたように後ろを振り返るシラン。


「シオン……」


声の主の名前を口にする。

いつの間に合流したのだろうか。

シオンの姿がそこにあったのだ。


「もう終わった話だ。引きずるな」


叱責でも、宥めでもない。

感情の感じ取れない声音。

ただ事実を告げるだけの響き。


「でも……」と反論の言葉を口にしようとして。

すぐに口をつぐむ。

まるで激昂した気持ちを振り払うように、頭を振った。


「それもそうだね」


先ほどまでとは打って変わって、軽い声音で。

ふわりと、笑みを浮かべていた。


「こいつら殺しちゃえば、全部解決だもん」」


あまりにも軽く、それが当たり前のように、そう言い放った。


シオンがシランの隣に並ぶ。


金属が擦れる乾いた音を響かせながら、腰に帯刀していた剣を抜く。

切っ先が、こちらへと向けられた。


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