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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
33/74

深夜の外出計画

みんなが寝静まる深い夜の時間。


廊下に足音を響かせないように、意識して歩く。

踏みしめるたびに鳴りそうになる床を避けるように、慎重に、ゆっくりと。


灯りも手元のランタンひとつのみと、最小限にしていた。

揺れる小さな炎が、壁に歪んだ影を映し出す。


静まり返った建物の中では、その微かな光と自分の呼吸音だけが、やけに大きく感じられた。


音を立てないようにと、ゆっくり開けた扉。

それだけのはずなのに、軋む音は耳障りなほどに響いて聞こえた。


葬華と呼ばれる危険な存在が近くで確認されたと言われたばかりだ。


頭では分かっている。

危険だと、理解もしている。


それでも。


あの日を最後に、シオンは消えた。

何も言わず、何も残さないまま。


そして、その場所で葬華の目撃情報。

偶然で済ませることが、どうしても出来なかった。


行っても無駄かもしれない。

シオンはこれまで通り姿を見せないかもしれない。


もしかしたら、シオン自体が葬華と関わりがあるのかもしれない。


それでも、確かめておきたくて。

ドアノブに手をかけた。


次の瞬間――。


「こんな夜中に、ひとりでどこに行くんですか」


背後から、声が掛けられた。


驚きのあまり、思わずびくりと肩を跳ねさせる。


振り返ると、険しい顔をしたクローディアスと、

心配そうにこちらの様子を窺うティア。


2人がこちらを見据えながら立っていた。


「シオンのとこ、行くの?」


ティアの問いに、少しだけ言葉が詰まる。


ほんの僅かな間の沈黙。

けれど、その沈黙がすべてを物語っていることくらい、自分でも分かっていた。


「……少し、散歩してくるだけだよ」


視線を逸らしたまま、何でもないことのように言う。


「散歩、ですか」


クローディアスが短く、俺の言葉を繰り返す。

なにかを言いたげに、じっとこちらを見ている。


見透かされている。


そんな気がして仕方ない。


長い年月を一緒に過ごしてきているのだ。

俺が何を考えているのかなんて、クローディアスには分かりきっているのだろう。


「レイン……。危険だって言われたばっかりだよ?」


遠慮がちに、けれど確かめるようにティアが言う。


責めるでもなく、止めるでもなく。

ただ、“分かってるよね?”と確認する声色だった。


「分かってる」


小さく頷いた。


分かっている。

危険なのも、無茶なことをしようとしているってことも。


それでも――。

その続きを口にする前に。


「それならば、許可できません」


被せるように、クローディアスに言われてしまった。


見つかってしまった以上、咎められることは分かっていた。

だからこそ、誰にも気づかれないように、静かに、外に出ようとしていたのだから。


それでもおとなしく引き返すことなんて出来なくて。

この場をどう切り抜けるかを考えた、その時――。


「だから私も行きます」


即座に返されたその一言に、思考が止まる。


「……え?」


「危険だと理解しているなら尚更です。単独行動は認められません」


淡々とクローディアスが話す。

正論すぎて、反論の余地がない。


「じゃあ私も行く」


小さく、けれどはっきりとティアが言った。


「ティア?」

「だって、ひとりで行かせるのはダメだよ。レインになにかあったら嫌っ」


そう言って、頬を膨らませる。


その表情は子どもっぽいのに、言っていることは真っ直ぐで。

逃げ場が完全に塞がれた気がした。


まさかこうなるなんて思ってもおらず、小さく笑ってしまう。


こんな筈じゃなかったのに。

こっそり抜け出すだけのつもりだったのに。


「いや~、青春してるねぇ」


突然間延びした声が背後から聞こえた。


「……ノクス」


再びびくりと肩を跳ねさせ、振り返る。

廊下の影からひょっこりと顔を出しているノクスの姿がそこにあった。


「ごめんなさい。悪いとは思ったのですが、お話、全部聞いておりました」


その後ろから、静かにセレナが姿を現した。


「盗み聞きかよ……」


呆れて思わず呟くと、ノクスは悪びれもなく肩を竦める。


「いやだってさぁ?“危険だって言われた場所に行く”とかもう、死亡フラグでしかないじゃん?そりゃあ監視、尾行、盗み聞きなどなど。なにをされても仕方なくなぁい?」


広い袖で口元を隠しながら、クスクスと楽しそうに笑う。


「開き直るな」


即座にクローディアスが切り捨てる。

ノクスは「はーい」と気のない返事をしながら、ひらひらと手を振った。


「でもさぁ、行くんでしょ?結局」


その一言で、空気が変わる。

遊び半分の声音のくせに、核心を突いてくる。


「……行く」


もうこうなってしまっては隠す意味も無い。

そんな必要もない。


顔を上げて、はっきりと頷く。


胸の奥にあった迷いは、いつの間にか消えていた。


危険でもいい。

無駄でもいい。


それでも――。


行かない理由にはならなかった。


「どうしても、確かめたいんだ」

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