葬華
あれから数日が過ぎた。
特訓の帰り際に寄り道をして、串焼きを買い食いした夜から。
あの日を最後に、シオンが俺たちの前に現れることは無かった。
ただの気まぐれだったのかもしれない。
あいつは元々、気分で動くことも多い。
ふらっと現れて、ふらっといなくなる。
訓練に顔を出さない日があったとしても、珍しい話じゃない。
……それでも。
さすがに、長すぎる。
一日、二日ならまだいい。
三日を過ぎたあたりから、少しずつ違和感が積もり始めた。
「……シオン、来なくなっちゃったね」
ぽつりと落ちたティアの一言は、やけに重く響いて聞こえた。
軽く返せば済むはずの言葉なのに、喉の奥で何かが引っかかる。
「……そのうち来るだろ」
自分でも驚くくらい、素っ気ない声。
ティアは少しだけ目を伏せて、小さく「うん」と頷く。
けれど、その返事にいつもの軽さはなかった。
無理に納得したような、そんな曖昧な響きだった。
ティアも薄々感じているのだろう。
シオンがもう来ないかもしれないということを。
――――
「葬華が動き出した」
アステルが口を開く。
その一言で、場の空気が張り詰めた。
知っている者だけが共有しているような嫌な予感が広がっていく。
「……葬華?」
その中でただひとり。
俺だけが聞き覚えの無い名前に、聞き返してしまった。
セレナは何も言わない。
ただ静かに視線を落とし、考え込むように沈黙している。
そんな空気を気にも留めず、ノクスが「えー?」と声を上げる。
「なにそれぇ?初耳なんだけど?」
場違いなくらい軽い声。
首を傾げ、あっけらかんとした表情を浮かべている。
しん、と短い沈黙が少しだけ流れた。
「いやいや!?おまえは知ってるだろう!?」
アステルのツッコミが即座に飛ぶ。
ノクスは肩をすくめて笑った。
「えー、だってほら〜。改めて聞くと新鮮かなって」
「そういう問題じゃない」
「それに〜、ピリピリ張り詰めた空気でお話するのしんどい〜」
「真面目な話をしているんだぞ!?」
間髪入れずに返すアステルと、ノクスの軽口。
緊張を嫌っているのか。
それとも、わざと空気を崩しているのか。
どちらにしても。
そのやり取りのおかげで、張り詰めていた空気が一気に和らいだ。
「葬華というのは、呪華狩りを生業としている独立した集団の組織の名前です」
セレナが静かに説明を始める。
「表立って行動することはほとんど無く、記録もほとんど残っていません」
淡々とした口調。
けれど、言葉の一つ一つがやけに重い。
「華を葬るって書いて葬華。まさに呪華狩り集団にぴったりの名前だよねぇ」
ノクスが補足するように言いながら、ティースプーンをカップの中でくるくると回す。
カラカラと乾いた音がやけに響く。
「呪華狩りって……。まさか狙いはティアとセレナか?」
クローディアスが低く問いかける。
その瞳には警戒心が宿っていた。
アステルは静かに首を振る。
「わからん。呪華は他にも存在しているからな」
「この間のデイジーの呪華……、ベリスのように、野良の呪華もいますから」
デイジーの呪華。
以前、ノクスとセレナが戦い方を披露してくれた時に戦った相手、ベリスのことを思い返す。
「……でも、だからと言って警戒はしておくべきでしょう」
セレナが静かに続ける。
その声音は落ち着いているのに、どこか張り詰めていた。
「葬華は“強い呪華”を優先して狩る傾向があります」
その言葉と同時に、セレナの視線がティアへと向いた。
つられるように、全員の視線がティアへと向けられる。
「私?」
きょとんと首を傾げるティア。
セレナは、ゆっくりと頷いた。
「はい。ティアは間違いなく“標的になり得る存在”です」
ティアはぱちくりと目を瞬かせた。
「セレナと同じだよ?私。セレナと同じ、普通の呪華」
その言葉に、微かに違和感を覚えた。
(普通……。本当にそうか?)
「あはは。自覚が無いのが一番厄介なんだよねぇ……」
ノクスが紅茶を一口啜る。
くすくすと笑いながらも、その目だけは笑っていなかった。
セレナはそれ以上何も言わず、静かに目を伏せた。
「……いずれにせよ」
アステルが場を切り替える。
「葬華が動き出した以上、これまでと同じようにはいかない。単独行動は控えろ。特にティアとセレナは――」
「わかっています」
セレナが即座に頷く。
それに続くように、ティアも「はーい」と手を上げていた。
「レイン」
アステルに名前を呼ばれ、顔を上げる。
「お前もだ。ティアの側を離れるな。呪華本体では無いとは言え、契約主まで狙わないとは言い切れない」
「わかった」
短く頷く。
その返事をした直後。
アステルが言葉を続けた。
「もう一つ、報告がある」
アステルの声が、わずかに低くなる。
さっきまでとは違う、躊躇いの混じった声。
それだけで、嫌な予感がよぎった。
「葬華らしき存在が目撃されたという情報を得られたんだが……」
歯切れが悪い。
なにかを躊躇っているような、そんな言い方。
視線がこちらに向けられていることに気付く。
クローディアスが先に眉をひそめた。
「……どうした」
アステルは一度だけ視線を巡らせてから、静かに言った。
「その場所が、この街の外れの廃墟」
一拍置いて、言葉が続く。
「レイン殿とティア嬢が特訓に使ってる場所の近くらしい」
「……え」
思わず声が漏れる。
途端に、隣でガタッと音がした。
クローディアスが勢いよく立ち上がり、身を乗り出す。
その表情には、はっきりとした動揺と焦りが浮かんでいる。
ノクスの手も、ぴたりと止まっていた。
カラン、と遅れてスプーンがカップの縁に当たる。
静かな音が、嫌にに大きく響いた。
「……へぇ?」
ノクスが呟く。
興味を持ったような声音。
「ずいぶん近いじゃん」
「……ああ。近すぎる」
アステルのその一言が、やけに耳に残った。
――まるで。
“偶然じゃない”とでも言いたげに。




