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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
25/26

性格が悪い男

「お疲れ様~」


ひらひらと手を振る姿が視界に入った。


気の抜けたノクスの声に、ただでさえ疲れの溜まった身体から力が抜けそうになる。

張り詰めていたものが一気にほどけるような感覚に、思わず小さく息を吐いた。


通りにはまだ人の往来が多い。

行き交う足音や話し声が絶え間なく重なり合い、どこか落ち着かないざわめきを作っていた。

その中にあっても、ノクスの存在はやけに目立つ。

ひらひらと広がった袖や、軽やかな仕草の一つ一つが、周囲から少し浮いているように見えた。


「あれ、ノクスひとりなんだ」


横並びに歩きながら、素直に思ったことを口にした。


常にセレナと行動を一緒にしているイメージがあったのだ。

だからこそ、ノクスが単独行動をしていることに驚いた。


「流石のボクでも、いっつもお姫様と一緒ってわけじゃないよ〜」


横に広がった袖で口元を隠しながら、心外だなとばかりにクスクスと笑われてしまう。

それもそうか、と納得しかけたところで、ティアが首を傾げた。


「別々に行動してるの、初めて見たけど?」


思わず「え」と短く声をあげてしまった。

ノクスは否定することも無く、「あははは〜」と笑うだけ。

つまり、ティアの言葉は的外れでも何でもないということらしい。


「ま、今日は黒犬くんもいるし、たまにはね?」


「クロが……」


珍しいな、と思いながら従者の愛称を口にする。


武器の扱いの練習にティアに付き合ってもらうことに決めた以上、どうしてもクローディアスまで付き合わせたら、終わるまで待ちぼうけにさせてしまう。

本人は幾らでも待つと気にしないと思う。

そこを、ティアがいるのだからと説得して留守番をお願いしたのだ。


コミュニケーション能力は心許ない。

だが、実力は確かだ。


ティアは当然のように俺を守ってくれる。

契約主だからなのか。

仲間関係だからなのか。

それとも別の理由からなのか。


理由はなんであれ、護衛としては申し分の無い。

クローディアス自身もそれをよく理解しているのだろう。

渋々ではあったけれど、最終的には納得してくれた。


「そうそう、黒犬くんといえばさぁ」


ノクスが思い出したように声を弾ませた。


「ボクがお坊ちゃんたちのお迎えに行くって話したら、それはもうスッゴイ顔してたよねぇ。よっぽどお坊ちゃんの傍にいたかったのかな?それでもお坊ちゃんの言い付け守ってお留守番選んでて……」


その様子を思い出しているのか、くっくっと喉の奥で笑っている。


容易に想像できてしまった。


あからさまに不機嫌そうな顔。

それでも何も言わず、ただ従うだけの姿。


それらを思い浮かべて、思わず苦笑が漏れる。


「ほんっと……、忠犬だよねぇ」


感心、というよりは面白がっているような言い方だった。


「その犬扱い、やめる気は無いの?」


クローディアスが自分以外に犬扱いされることを不快に思っているのは、もう十分に理解している。

わざわざ刺激する必要も無いだろうに、と半ば呆れながら言った。


「えー?だって分かりやすくない?」


悪びれる様子は一切ない。


「呼べば来るし~、命令は絶対だし~、ずーっとお坊ちゃんの後ろくっついてるし」


指でひとつずつ数えながら、楽しそうに並べていく。


「それただの偏見だろ」


思わず呆れた声が出た。


「えぇ~?じゃあ今度試してみる?」

「何をだよ」

「ほら、『待て』とか『お手』とか」


くすくすと笑いながら、冗談めかして言う。


「それはさすがに怒られるだろ」

「えー?」

「でもさぁ、ほんと分かりやすいよねぇ、あの子」


からかうような声音はそのままに、どこか楽しんでいるようにも見える。


「そうか?」

「うんうん。お坊ちゃんのことになると、すぐ顔に出るし」


言われてみれば、と思いかけて、すぐに軽く首を振る。


「……気のせいだろ」


そう断じたものの、出掛ける前のクローディアスの様子が脳裏をよぎってしまう。

即答では無かった所為か、余計意地悪い笑みを深めた。


「えー、そうかなぁ?」

「ノクス、性格悪い」


表情も変えずに、ぽつりと呟くティアに、ほんとだよと共感してしまった。


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