性格が悪い男
「お疲れ様~」
ひらひらと手を振る姿が視界に入った。
気の抜けたノクスの声に、ただでさえ疲れの溜まった身体から力が抜けそうになる。
張り詰めていたものが一気にほどけるような感覚に、思わず小さく息を吐いた。
通りにはまだ人の往来が多い。
行き交う足音や話し声が絶え間なく重なり合い、どこか落ち着かないざわめきを作っていた。
その中にあっても、ノクスの存在はやけに目立つ。
ひらひらと広がった袖や、軽やかな仕草の一つ一つが、周囲から少し浮いているように見えた。
「あれ、ノクスひとりなんだ」
横並びに歩きながら、素直に思ったことを口にした。
常にセレナと行動を一緒にしているイメージがあったのだ。
だからこそ、ノクスが単独行動をしていることに驚いた。
「流石のボクでも、いっつもお姫様と一緒ってわけじゃないよ〜」
横に広がった袖で口元を隠しながら、心外だなとばかりにクスクスと笑われてしまう。
それもそうか、と納得しかけたところで、ティアが首を傾げた。
「別々に行動してるの、初めて見たけど?」
思わず「え」と短く声をあげてしまった。
ノクスは否定することも無く、「あははは〜」と笑うだけ。
つまり、ティアの言葉は的外れでも何でもないということらしい。
「ま、今日は黒犬くんもいるし、たまにはね?」
「クロが……」
珍しいな、と思いながら従者の愛称を口にする。
武器の扱いの練習にティアに付き合ってもらうことに決めた以上、どうしてもクローディアスまで付き合わせたら、終わるまで待ちぼうけにさせてしまう。
本人は幾らでも待つと気にしないと思う。
そこを、ティアがいるのだからと説得して留守番をお願いしたのだ。
コミュニケーション能力は心許ない。
だが、実力は確かだ。
ティアは当然のように俺を守ってくれる。
契約主だからなのか。
仲間関係だからなのか。
それとも別の理由からなのか。
理由はなんであれ、護衛としては申し分の無い。
クローディアス自身もそれをよく理解しているのだろう。
渋々ではあったけれど、最終的には納得してくれた。
「そうそう、黒犬くんといえばさぁ」
ノクスが思い出したように声を弾ませた。
「ボクがお坊ちゃんたちのお迎えに行くって話したら、それはもうスッゴイ顔してたよねぇ。よっぽどお坊ちゃんの傍にいたかったのかな?それでもお坊ちゃんの言い付け守ってお留守番選んでて……」
その様子を思い出しているのか、くっくっと喉の奥で笑っている。
容易に想像できてしまった。
あからさまに不機嫌そうな顔。
それでも何も言わず、ただ従うだけの姿。
それらを思い浮かべて、思わず苦笑が漏れる。
「ほんっと……、忠犬だよねぇ」
感心、というよりは面白がっているような言い方だった。
「その犬扱い、やめる気は無いの?」
クローディアスが自分以外に犬扱いされることを不快に思っているのは、もう十分に理解している。
わざわざ刺激する必要も無いだろうに、と半ば呆れながら言った。
「えー?だって分かりやすくない?」
悪びれる様子は一切ない。
「呼べば来るし~、命令は絶対だし~、ずーっとお坊ちゃんの後ろくっついてるし」
指でひとつずつ数えながら、楽しそうに並べていく。
「それただの偏見だろ」
思わず呆れた声が出た。
「えぇ~?じゃあ今度試してみる?」
「何をだよ」
「ほら、『待て』とか『お手』とか」
くすくすと笑いながら、冗談めかして言う。
「それはさすがに怒られるだろ」
「えー?」
「でもさぁ、ほんと分かりやすいよねぇ、あの子」
からかうような声音はそのままに、どこか楽しんでいるようにも見える。
「そうか?」
「うんうん。お坊ちゃんのことになると、すぐ顔に出るし」
言われてみれば、と思いかけて、すぐに軽く首を振る。
「……気のせいだろ」
そう断じたものの、出掛ける前のクローディアスの様子が脳裏をよぎってしまう。
即答では無かった所為か、余計意地悪い笑みを深めた。
「えー、そうかなぁ?」
「ノクス、性格悪い」
表情も変えずに、ぽつりと呟くティアに、ほんとだよと共感してしまった。




