余計な世話
武器を手に入れたところで、使えなければ意味がない。
いざという時に振れなければ、持っているだけではただの飾りだ。
自分の身くらい最低限守る為にと持ったもののはずなのに、逆に足を引っ張るだけになってしまう。
だからこそせめて、扱えるようにはしておきたかった。
軽く息を吐きながら、手にした武器を握り直す。
「じゃあ、いくよ?」
向かいに立つティアが、いつもの調子で言った。
「加減、少しくらい……してくれたっていいだろ……っ」
「え?加減、ちゃんとしてるよ?これでも結構抑えてるんだけど……」
装備する本数は違うけど、同じ系統の武器を持つ者同士。
練習相手としては適任の筈だった。
しかしティアの教え方は、到底初心者向けとは言えなかった。
そもそも本人にその自覚があるのかどうかすら怪しい。
間合いを詰める速さも、振り下ろされる刃の重さも、どれもが実戦そのものだ。
一瞬でも気を抜けば、防ぐどころか避けることすら出来ない。
受け止めるたびに、腕が痺れる。
衝撃は思っていたよりもずっと重く、握っているはずの柄がじわじわと指の中で滑りそうになる。
一撃、二撃と、数を重ねるごとに余裕は削られていき、呼吸が乱れる。
「ほら、ちゃんと見て。今の、振りが遅れてる」
軽い調子の声とは裏腹に、振り下ろされる刃は一切の躊躇がない。
次の瞬間、視界の端で軌道を捉えたはずの一撃が、わずかにずれた。
――まずい。
咄嗟に引いたが、完全には避けきれない。
鈍い衝撃が腕を打ち、体がぐらりと揺れる。
「っ……!」
踏み留まったものの、体勢が崩れる。
その隙を逃すほど、目の前の相手は甘くない。
「そこ、隙だらけ」
淡々と告げる声と同時に、追撃が来る。
(やば……っ、間に合わない……!)
半ば反射的に身を捻り、かろうじて直撃だけは避けたが、風を裂く一撃がすぐ横を掠めた。
ぞくり、と背筋が冷える。
「い、今の、当たってたら普通に痛いよな!?」
息を吐きながら漏らすと、ティアは小さく首を傾げた。
「え?うん。痛いと思う」
悪びれる様子も無い。
当然のことだよね?と言わんばかりにあっさりと言い切られてしまった。
「いやそこ否定しろよ……っ」
思わず返した声に、くすりと笑った。
けれど次の瞬間には、もう間合いを詰められる。
休む暇なんて、やっぱり一切ない。
踏み込んでくる気配。
反射的に、武器を構え直す。
来る――。
そう思った瞬間には、既に遅く、ティアの姿が、一瞬だけ視界から消えた。
「え……」
次に見えたのは、すぐ目の前だった。
距離を詰められ、彼女の姿を認識した時には、既に刃が振り抜かれていた。
咄嗟に受けに回る。
が、タイミングが半拍遅い。
鞘に納められたままの短刀の重い一撃が、まともに受けた武器ごと叩きつけられた。
「っ……!」
ティアの攻撃を受けきれず、腕が弾かれ、柄を握る力が甘くなる。
「しまっ……!」
ティアは短刀を喉元に突きつけ、直前でぴたりと動きを止めた。
「……終わり」
喉元に突きつけられていた短刀が、すっと離れる。
張り詰めていた空気が、ふっと緩んだ。
その時だった。
「無駄な動きが多いな」
不意にかけられた声に、思わず顔を上げる。
視線の先に、壁にもたれるようにして一人の男が立っていた。
「シオン?」
以前、ガラの悪い連中に囲まれていた男、シオンがそこにいた。
壁にもたれたままのその男は、軽く顎を引いてこちらを見る。
いつからそこにいたのか分からないほど自然で、まるで最初からこの場に溶け込んでいたかのようだ。
「見てたのか」
ティアが短刀をくるりと指で回しながら、特に驚いた様子もなく問う。
「ああ。途中からな」
短く返しながら、シオンは壁から背を離した。
一歩、また一歩とこちらへ歩み寄ってくる。
足音はやけに静かで、気づけばもうすぐ近くまで来ていた。
「何か用事?」
ティアが首を傾げた。
人通りの少ない、街外れの空き地。
崩れかけた石壁や、使われなくなった建物の残骸が点在しているこの場所は、鍛錬をするには都合が良かった。
シオンはティアの問いかけには答えず、こちらへ視線を向ける。
「無駄が多い」
ぽつりと落とされた容赦の無い一言。
「あはは……、容赦ないな」
思わず乾いた笑いが漏れる。
否定する気も起きない。
さっきまでの動きを思い返せば、言われても仕方がないのは分かっていた。
シオンは特に気にした様子もない。
「事実だろ」
「まあ……、それはそうだけどさ」
肩の力が抜けてしまう。
事実には変わり無いのだから反論しても意味が無い。
それならばいっそ強がるよりも、認めた方が早いと分かってしまった。
「受け方が雑だ。全部バカみたいに真正面から受け止めようとして。だから簡単に体勢を崩されるんだ」
ズバズバと指摘され、思わず苦笑が漏れる。
「言い方きっついな。遠慮ってものを知らないだろ」
「遠慮しても意味がないだろ。それともなんだ?褒めて優しくして甘やかさないと無理ってタイプなのかおまえは」
「そういうわけじゃないけどさ」
言葉の節々には棘があり、きつい物言いだけれど、確かにシオンの言う通りだ。
さっきまでの自分は、ただ力任せに受け止めようとしていただけだった。
「おまえの武器はそれだろう?盾でも大剣でもない。受けるためのもんじゃない。力任せに受けようとするな。受け流せ。」
そう言いながら、シオンはさりげなく踏み込んできた。
次の瞬間には、目の前にいる。
「っ」
いつの間に抜いたのか、シオンが腰に帯刀していた剣を手に持ち、鞘に納めた状態のまま振り下ろしてきた。
反射的に構える。
シオンの指摘が頭に過ぎり、今度はさっきと同じようには受けなかった。
ぶつけるのではなく、わずかに軌道をずらす。
乾いた打音が、くぐもって響いた。
完全に受けきったわけではない。
それでも、さっきみたいに腕ごと持っていかれる感覚は少なかった。
「その感覚を覚えておけ。そこの女と、いかにも従者って顔した黒髪に守られてるだけの現状からは抜け出せるだろ」
それだけ言い残すと、興味を失ったように背中を向けられた。
あっさりとその場から去ろうとするその背中に、声をかける。
「……ありがとな」
返事はない。
ただ、ほんの一瞬だけ。
歩みがわずかに緩んだ気がした。




