言い方の問題
「レイン?聞いてますか?」
透き通った声にハッとする。
顔を上げると、セレナがこちらを真っ直ぐに見ていた。
「あ……、っと。ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
話の途中だったというのに、いつの間にか上の空になっていた。
慌てて頭を搔きながら謝罪の意を述べる。
セレナは肩を竦めてみせたものの、そこまで気にしてはいないようだ。
「体調が悪いなどでは無いのであれば大丈夫ですよ」
そこにずいっとノクスが身を乗り出してきた。
「お坊ちゃんは昨夜、黒ユリちゃんとお楽しみだったみたいだしぃ、疲れてても不思議じゃないよねぇ?」
隣からぶはっと盛大に噴き出した音がした。
「な、な、な……っ!?」
クローディアスが顔を真っ赤にしながら口元を手の甲で抑えてこちらを見ている。
その口端からは、それまで飲んでいたのだろう紅茶がぼたぼたと零れていた。
「なんでそのことを……!って違っ!違うからな!?やましいことなんか何もしてないから!?」
慌てて弁明をしようとする。
しかし今度はクローディアスとは逆の方からティアが俺の腕にぎゅっと抱きついてきた。
そしてよりにもよって爆弾を落としてきた。
「レインは私と一緒に寝ただけだもん」
と。
ひゅっ……と息を吞む音がすると同時に、クローディアスの魂が抜けた気がした。
ケラケラと面白いものを前にしたようにお腹を抱えて笑うノクス。
何もかも分かっていて、からかってくるノクスに呆れたような視線を向けて肩を竦めるセレナ。
そして何が起きているのか理解していなさそうにきょとんとしているティア。
数秒の静寂。
それを破ったのノクスだった。
「……ふ、ふふ……っ!あーはははは!だめ、無理……っ!お坊ちゃん面白すぎ……っ」
ノクスは腹を押さえながら、椅子にだらしなく体重を預けている。
涙すら浮かべながら笑っているその姿には、流石に苛立ちが込み上げた。
「お前なぁ!?わざとだろ絶対!」
「んー?なんのことかなぁ?」
とぼける声。
だが口元は完全に吊り上がっている。
確信犯だ。
「……レイン様?」
静かに名を呼ばれる。
振り向くと、クローディアスがじっとこちらを見ていた。
その目には明らかに動揺が映っている。
わなわなと震える手で肩を掴まれた。
「その……、“一緒に寝た”というのは……、事実なのですか?」
「いやだから!違うって言ってるだろ!?ティアも語弊がある言い方するなよな!?」
「でも寝たのは事実だよ?」
不満げに頬を膨らませるティア。
「だーかーら!言い方ぁ!」
思わず声が裏返る。
ティアが喋る度にどんどんと話が拗れていっている気がする。
そんな空気を切り裂くように、コホンとひとつ咳払いが室内に響いた。
「そうやってからかうのはどうかと思うぞ」
知らない声。落ち着いた話し方。
見ると初めて見る姿が部屋の扉をいつの間にか開けて、そこに姿勢を正して立っていた。
紫の長い髪を、黒いリボンで低い位置に一つに束ねている。
つり気味の銀の瞳が、鋭い印象を与える。
「あれぇ?真面目くんじゃーん」
「名前で呼べと。何度言えばわかる」
「え~?この呼び方嫌い~?」
ノクスはわざとらしく首を傾げ、片手をブンブンと振りながらにやにやと笑う。
対する男は、わずかに眉を寄せただけだった。
セレナが椅子から立ち上がると、真面目そうな男に向き直った。
「アステル。来ていたのですね」
「少し用事があったからな。そいつらの様子も確認しておきたかったし」
視線が俺の方へと向いた。
セレナも俺の方へと向き直して言葉を続ける。
「彼はアステル・セレスティア・アルビオン。この屋敷の持ち主です。アルビオンと言えば、聞き覚えはあるのではありませんか?」
聞いたことある。
俺の家、カーディナと同格の家のひとつの名前だ。
「お互いにちゃんと会うのは初めてだと思うけどな」
来客が俺と同様の家格だと理解した途端、クローディアスが慌てた様子で頭を下げようとした。
が、それをアステルが手で制する。
「いらんいらんそういうのは。ここは社交場でもなんでもないんだ」
その言葉に、それなら……とクローディアスも顔を上げた。
「それで?」
ノクスが頬杖をつきながら口を挟む。
「わざわざ来たってことは、何か用事でしょぉ?」
「用事、というほどでもないがな」
アステルは肩を竦めると、改めてこちらへ視線を向けた。
その視線が、じっとレインを測るように細められる。
「……お前、武器は?」
「は?」
唐突すぎる問いに、思わず間の抜けた声が出た。
「武器だ。護身用でもいい。何か持っているのかと聞いている」
「いや……、特に持ってないけど」
そもそも持ち歩く前提で考えたことがなかった。
そう答えると、アステルは呆れたように小さく息を吐いた。
「こうなった以上、戦いは今後も避けられないだろう。見たところ、そこの使用人は腕が立つようだが。いつまでも女と使用人の後ろに隠れて、いざという時にお前自身が何も出来ないってのは困るだろう?」
確かに。
アステルの言う通りだ。
「……分かってる」
小さく息を吐きながら答えると、アステルはわずかに顎を引いた。
「なら話は早い。今からでも街に出て、武器のひとつくらい揃えて来い」
「……分かったよ。行けばいいんだろ」
強引にも程があるが、アステルの言う事にも一理ある。
小さく息を吐き、従う事にした。




