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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
2/25

いつもの朝と悪戯

「……夢、か」


荒く息を吐きながら、重い体を引きずるように上体を起こす。

無意識に、自分の首へと手をやった。

まだ締め付けられているような錯覚が残っている。


「相変わらず嫌な夢だ……」


小さく吐き捨てる。

気温が高いわけでもないのに、じっとりと汗ばんでいるのが不快だった。


分かっている。

あれが現実であるはずがないことくらい。

それでも。

首に絡みついた細い指も、喉を絞められ、必死に空気を求めていたあの感覚も——妙に生々しく残っている。


あの少女は、誰なんだ?

どうして、俺を殺そうとする?


「……あー……やめやめ」


考えたところで答えが出るはずもない。


ぼんやりと天井を見上げる。

淡い青の瞳が、焦点の定まらないまま揺れていた。


淡い金の髪を乱暴に掻き上げ、無理やり思考を振り払う。


「考えても仕方ないよな、こんなの」



——



「レイン様。本日のご予定を再度ご確認いたします」


静かな声が、部屋の空気を整えるように響いた。


その呼び名は、形式上のものだ。

レイン・ニグラ・リリウム・カーディナ——それが俺の名前。


視線を向けると、きっちりと燕尾服を着こなした男が一人。


俺の名前を敬称付きで呼ぶ、燕尾服の男。

クローディアス——俺の専属従者だ。

俺の専属従者というやつだ。


少し癖のある黒髪に、やや吊り気味の青い目。

長身で無駄のない体つき。

いかにも“堅物”という印象そのままの男で、実際その認識は間違っていない。

主である俺に対しても、一切の妥協なく規律を押し付けてくるあたり、真面目を通り越して融通が利かない。

そんな性格と、常に付き従うその様子から、周囲には“黒犬”などと揶揄されている。


彼の名前が長く呼びづらいと思った俺は『クロ』と呼んでいるが、俺以外の者に、たとえ彼の上司にあたる執事長、兄達、姉達、母上、雇用主である父上相手であっても

許容しがたいようだ。

口に出して反抗などしないが仮面を貼り付けたような愛想笑いをするのだ。


そんなクローディアスから差し出された紅茶の入ったティーカップを受け取りながら、俺は「はいはい、どーぞ」と気の抜けた声で返した。


自室のソファにだらりと体を預け、片足を投げ出す。


広い自室は、貴族の子息らしく無駄に整っていた。


磨き上げられた床に、重厚な家具。

壁一面の本棚には分厚い本がぎっしりと並び、中央には小さなテーブルと、軽食が用意されている。


焼きたてのパンに、温かいスープ、果物。

そして、クローディアスから受け取った紅茶。


流石腐っても貴族だな。


俺は一口紅茶を口にした。


香りはいい。

味も悪くない。


だからこそ、退屈だった。


「本日は当家の後継候補者に対する“適性確認の儀”が執り行われます」


「うん」


気のない相槌。


クローディアスは手元の俺の予定が記されているのであろう書類に目を落としながら、淡々と続ける。


「これは当家含む4大公爵家が代々担っている呪華(じゅか)のと呼ばれる呪いの対処という重要な役割に関わる資質を測るための式典です。しょっちゅう家庭教師の授業をすっぽかしてパーティーも途中で抜け出したりなんかしておりますが、今日という今日は絶対にそんなことは許されませんからね?いいですか?さもなくば——」


「わかった!わかったってば!!そんなこと言われなくてもわかってるから大丈夫だって!!」


「本当ですか?」


クロのジッと疑いの眼差しが俺を突き刺してくる。

クロが先程グチグチと説教するかの如く溢したように、公爵家の期待されていない末の子息だという立場に甘んじて面倒だと感じたことは真面目にこなさずに逃走を謀る日々を過ごしていたのだ。

だからこそ、従者である筈のクロがそこまで主人である筈の俺の大丈夫という言葉を信用していないのも仕方ないことだ。


「……レイン様。本音は?」

「めんどくさ」

「ですよね。知ってました」


はぁ……と盛大なため息を吐かれてしまった。

仮にも俺は主人だと思うんだが……?


「こういうのってさ、もっとこう……簡単にカーディナだけでやればいいんじゃないの?わざわざ他家の人間集めて盛大にやらなくったっていいと思うんだけど」

「ダメです」

「即答かい」

「それほどにこの儀は重要なものだということです」

「はいはい、かしこまりました~……」


これはどう言っても避けられそうになさそうだ。

いや今回は流石にすっぽかすなどしようものなら勘当されても文句は言えまい。


「レイン様は後継者候補のひとりです。ですから出席は義務ですよ」

「後継者候補ねぇ……」


気のない声で呟く。

学術も剣術も特に秀でているわけではない上に貴族の末弟なんて、最も後継者から程遠い存在だろう。

やる気なんて持てという方が無理だと思うのだけれど。


ソファに深く沈み込みながら、天井を見上げる。


「あーあ、めんどくさ」

「まだ言いますか……」

「こんなんめんどくさいってなるだろうが」


軽く笑う。


「はぁ……クロは真面目だよなぁ」

「あ、また……!その呼び方はやめてくださいと何度も言ってるじゃないですか」

「いいじゃんいいじゃん別に減るもんじゃないし?」


ひらひらと手を振りながら言い、クロを見ると、口ではやめろなどと言いながらもその表情は照れくさそうに頬を軽く染め俺から視線を背けていた。



ふとなんの気無しにテーブルの端に目をやると、小さな調味料入れが並んでいるのが目に入った。

その中のひとつに目が止まり、ちょっとした悪戯心が芽生えてしまった。


持っていたティーカップをテーブルに置き、椅子から立ち上がるとクロの背後にまわる。

クロの両腕を後ろから掴み、先程まで俺が座っていた椅子に座るように彼を誘導する。


「……?どうかされましたか?」

「いーや?別に?ただ、たまにはさ、俺が紅茶を注いでやろうかと思ってさ」

「結構です」

「なんで断るんだよ!?」

「断るに決まってるでしょう!?どうせまた変なことを企んでいるんだから」

「人聞きの悪い!?仮にも主人だぞ!?」

「自分の主人がどのような人物かよーーーく知っているからこそ疑っているんです」

「だーいじょうぶだって!!何もしない!」

「むぅ……信じますよ……?」


ちょろい。

俺よりも年上なうえに、見た目も俺よりも遥かに大人っぽいのに素直なんだよなぁ。

くつくつと笑いながら、新しいティーカップに紅茶を注いでいく。

琥珀色の液体が静かにティーカップを満たしていく様を眺めつつ、さりげなく懐に忍ばせていた調味料の入った小さな瓶をティーカップの中に向けて傾けた。


小瓶の中には乾燥させて細かく挽かれた赤い粉末が入っている。

この地方で採れる強烈な辛味を持つ香辛料で、料理にほんの少し加えるだけで舌が痺れるほどの刺激を生むものだ。本来は肉料理や煮込みに使われるもので、飲み物に入れるような代物ではない。


これから起こる事態に想像を膨らませて顔が緩みそうになるのを必死に抑え、何食わぬ顔でクロにその香辛料入り紅茶を差し出した。


「はい、どうぞ」

「本当に何もしてないんですよね?」

「だからしてないって。疑い深いなぁ」

「日頃の行いの結果でしょうが……」


そう言いながらも、クロは俺の差し出したティーカップを持ち上げる。

流石にニヤニヤが抑えられなくなってきた。

目の前のティーカップに集中しており気付いてないよう。


そのまま、クロはティーカップの中の紅茶に口をつけた。


——次の瞬間。


「——っ、げほっ!?ごほっ、げほ、……っ!なん、ですかこれ……っ!?」


激しく咳き込み、体を折り、涙目になりながら俺を睨みつけてきた。


「ははははは!めっちゃむせてるじゃん!」


その光景があまりにも面白く、思わず腹を抱えて笑いが止まらない。


「げほっ……。いいでしょう……そういうことをするのであれば……」


クロがゆっくりと顔を上げた。

目が据わっている。


「こちらも、相応の対応を取ります」

「あ、やべ」


本気だこれ。


じり、と距離を詰められる。


「こういう時は——」


反射的に後ずさり、そのまま窓枠に手をかける。


「退散退散ーーー!!」


ひらりと飛び越え、そのまま外へ出る。


「レイン様!?お待ちくださ——!」


クロの俺を静止しようとする声を背に俺は走り出した。


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