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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
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プロローグ

――これは夢だ。

夢だと、理解していた。


理解しているはずなのに、逃れられない。

まるで現実と変わらない重さで、苦しさが喉元に張り付いている。


息が、出来ない。


喉を締め付けられるような圧迫感。

それに混ざるように、胸の奥でじりじりと何かが焼けている。

熱いのに冷たい、矛盾した感覚が内側から身体を侵していた。


呼吸をしようとしても、空気は肺に届かない。

吸っているはずなのに、何も満たされない。


ただ苦しいだけの空虚な呼吸が、何度も繰り返される。


目の前に、少女が1人。


どこから現れたのかも分からない。

気付いた時には、そこにいた。


感情の機微を感じさせない無表情。

まるで人形のように整った顔立ちで、静かに俺を見下ろしている。


一切の光さえ拒むような、どこまでも純白で染め上げられた髪。

風もないのに、ゆるやかに揺れている。


血をそのまま映したような、紅い左眼。

濁りのないその色が、異様なほどに鮮やかで——現実離れしていた。


もう片方の目は、長い前髪に覆い隠されている。


見えないはずなのに。

その奥に、何かが“ある”と分かってしまう。


視線を逸らさなければならない。

そう分かっているのに——目が離せない。


恐怖が、確かにある。

本能が警鐘を鳴らしている。


――アレは危険だ、と。


理解ではなく、もっと根源的な部分がそう告げていた。


「来る……な……」


震える唇で、どうにか拒絶の言葉を紡ぐ。

だが声は掠れ、空気に溶けるように消えていく。


届いていない。

いや、届いていたとしても——意味はない。


少女は、止まらない。


ゆっくりと。

こちらへ歩み寄ってくる。


足音は聞こえない。

それでも距離だけが確実に縮まっていく。


やがて、少女の手が持ち上がる。


白く細い指が、前髪へと触れた。


「やめ、ろ」


反射的に拒絶の言葉を口にする。

だが、それを止める術は何一つ持っていない。


少女は静かに前髪を掻き上げる。


俺は咄嗟に目を逸らそうとした。


だが、それは出来なかった。


視線が縫い止められる。

見えない糸で固定されたかのように、微動だにしない。


露わになった瞳の奥に、“それ”はあった。


花。


黒いユリのような形をした何かが、瞳の奥で静かに咲いている。


いや、咲いているだけじゃない。


ゆっくりと。

確実に。


花弁が開いていく。


まるで生きているかのように。


禍々しい筈のその光景に、思考が鈍る。

恐怖があるのに、それを上回る別の感情が浮かび上がる。


我ながら理解出来ない。


なのに、頭の奥で誰かが囁く。


――綺麗だ、と。


次の瞬間。


喉に、冷たいものが触れた。


思わずびくりと身体が震える。


気付けば、息がかかるほどの距離に、少女が目の前にいた。

いつ近付かれたのか、まるで分からない。


細い指が、俺の首に絡みついている。


逃げなければならない。


分かっているのに、身体が動かない。

指一本すら、思うように動かせない。


まるで“許されていない”かのように。


少女の指に、ゆっくりと力が込められていく。


喉が圧迫される。


息が、詰まる。


視界が歪む。

輪郭が崩れ、世界が溶けていく。


それでも――。


視線だけは、逸らせなかった。


瞳の奥で、黒い花が咲き続けている。

開いて、広がって、侵食するように。


それが視界いっぱいに広がっていく。


「――どう、して」


かろうじて、声が漏れる。


自分でも何を問うているのか分からない。

ただ、言葉にせずにはいられなかった。


少女は答えない。


ただ静かに、こちらを見つめている。


まるで。

壊れていく過程を観察しているかのように。


あるいは、何かが完成するのを待っているかのように。


首を絞める力が、さらに強まる。


喉が潰れる。

空気が入ってこない。


苦しい。


意識が暗く沈んでいく。

奈落の底へと引きずり込まれるように。


その最中で、ふと思う。


どうして俺はこんなにも。

目の前の彼女に惹かれているのだろうか。


「綺麗……だ……」


そんな言葉を、零しているのか。


自分でも理解できない。

だが確かに、間違いなく本心からの呟きだった。


俺の呟きに、少女の指が、ぴたりと止まる。


ほんのわずかな沈黙。


それまで機械のように無機質だった動きが、初めて動揺を見せた。


「……あなた、は」


かすかな声が、耳元で囁かれる。


吐息が触れるほど近くで。


その声はほんの少しだけ、震えていた気がした。


まるで何かを確かめるように。

あるいは——思い出そうとするかのように。


暗闇に沈みかけた意識の中で。


その違和感だけが、妙に鮮明に残っていた。

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