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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
17/24

命令

クローディアスが一歩前に出る。

腰に下げている剣の柄に手を掛けた。

その剣を抜こうとしたところで、すっと伸びた腕が伸ばされてクローディアスの進路を遮った。


「ちょい待ちー」


敵を前にしているとは思えない程に緊張感に欠いた間延びした声。


「何を……!」

「ここはボクらでやるからさぁ」


気の抜けたような口調のまま、ゆっくりと腕の中にいたセレナをゆっくりと地面へ下ろした。

その口元には笑みが浮かべられており、余裕すら感じさせる。


「君たちはおとなしくそこで見学してて?」


その足が石畳を踏んだ瞬間――。

足元の花が一斉に弾けた。


乾いた破裂音とともに、白い花弁が舞い散る。

次の瞬間、裂けた中心から無数の茎が槍のように伸び上がった。


「っと」


踏み込んだはずの位置から、半歩ずれた場所へと滑るように移動し、

突き上げる茎の群れを紙一重で躱していた。


石畳を貫いたそれが、遅れて衝撃を撒き散らす。

ざり、と足を鳴らしながら、ノクスは軽く体勢を整えた。


ヒュン、と空気を裂く音がして、どこからともなく伸びた細いワイヤーが空中でしなった。

それは一瞬で花の茎に絡みつき、鋭く引き絞られる。

途端にぶつりと束になった花がまとめて断ち切られた。


「へぇ、結構元気だねぇ」


軽く感心したように呟きながら、ノクスは指先を弾く。

ワイヤーが軌道を変え、次々と伸びてくる茎を絡め取り、裂いていく。


「あははは!すごいすごい!」


ぱちぱちと手を叩きながら、ベリスはその場で軽く跳ねる。

まるで見世物でも眺めているかのような無邪気さだ。


「ねえねえ、なにそれ?糸?あはは、すごーい!」


きらきらと目を輝かせながら、ベリスはくるりと振り返る。


「じゃあさ、こっちも本気出そっか」


軽い調子でそう言うと花の奥へと、ひょいひょいと駆けていく。

ぱたぱたと駆けていくベリスの先には、一人の男がよろめきながら姿を現した。


「ほぉら、起きて起きて?」


焦点の合わない瞳。

足取りはおぼつかず、今にも倒れそうなほどに力がない。

首には文様と、首の中心に今にも咲きそうな小さな花弁。


「さっきも使っちゃったからしんどいー?大人なんだから痛いの我慢してよもうー」


無邪気な声でそう言いながら、少女はその腕をぐいっと強引に引く。


「ね?まだできるでしょ?あと1回だけ!ね?」


男は答えない。

ただ、微かに震える指先だけが、かろうじて動いている。


「あと1回だけ。ね?」


甘えるような声音。


男の焦点は合っておらず宙を彷徨い、口は大きく開いたまま。

まともに意識があるとさえ思えない。

言葉も発せない様子の男の様子を気に掛けるわけでも無く、ベリスは笑みを深めた。


「あはは、何も言わないってことは良いってことだよね!」


ベリスがそう言った次の瞬間。

男の体が、びくりと大きく跳ねた。


「ッ、ぅ……!ぁあ、ぁ……!」


声にならない悲鳴が漏れる。


その足元から、再び白い花が芽吹き、蔓が伸びる。

さっきとは比べものにならない勢いで、空間を埋め尽くすように。


途端に、どさりと重い音が響いた。

ベリスが手を離し、支えを失った男の身体が地面に崩れ落ちる。


その目に光はなく、すでに息もない。

ただ、首筋に刻まれた紋様だけが、花を満開に咲かせていた。


「あと1回だけ」と、ベリスは言っていた。


つまり、強制使用の制限は今ので尽きたということだ。


背筋を、冷たいものが走る。

自分もティアに強制使用を許し続ければ、いずれ――。


「あまりにも荒々しい教え方だったのでは?トラウマにならないといいですが……」


セレナの声に、思考が引き戻される。

どうやら顔に出ていたらしい。


「ん~、でも遅かれ早かれ知ることだよ?だったら早い方が良いってもんじゃない?」


気の抜けた調子で、ノクスが肩を竦めた。


「それはそうかもしれませんが」


淡々と応じながら、セレナの周囲に淡い光が灯る。

月光のような光弾がいくつも生まれ、迫る蔓へと放たれた。


撃ち漏らしたそれを、ノクスのワイヤーが絡め取る。

次の瞬間には、容赦なく引き裂かれていた。


「それにしても、ちょっとキリが無いよねぇ」

「そう思うのなら、さっさと命令しなさい。最初からそれが目的の筈でしょう?」

「はいはい。お姫様の仰せのままに……」


ノクスは軽く首筋へと指を添えた。

刻まれた紋が、わずかに淡く光る。


「セレナ、撃て」


「……ええ」


短く応じたその声と同時に、セレナの足元に淡い光が広がった。


その瞬間。

ふわり、と地面に触れることなく、白い光が輪を描く。

やがてそれは、花弁の形を成しながらゆっくりと開いていった。


一枚、また一枚と。

重なり合う光が、巨大な花を形作る。


月下美人。


淡く発光するその花の中心へ、周囲に漂っていた光が吸い寄せられていく。

集まり、収束し、凝縮されていく光は、やがて眩い輝きへと変わった。


「……消えなさい」


セレナは静かに手をかざすと、閃光が解き放たれる。

収束された光は奔流となり、正面へと撃ち抜かれる。

白い花の群れを呑み込み、焼き払いながら、一直線に貫いていった。


視界を埋め尽くすほどの光量。

すべてを薙ぎ払うような一撃。


やがて光が収まり、その軌道上にあった白い花とベリスの姿だけが、跡形もなく消え失せていた。


「お疲れ様、ボクのお姫様。ふふ、相変わらず綺麗だよねぇ」


気の抜けた声で、ノクスがぽつりと呟く。


まるで今の一撃が特別なものでも何でもないかのように。

ただ、見慣れた光景を評するような軽さで。


その横で、セレナは何も言わず、静かに手を下ろした。

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