命令
クローディアスが一歩前に出る。
腰に下げている剣の柄に手を掛けた。
その剣を抜こうとしたところで、すっと伸びた腕が伸ばされてクローディアスの進路を遮った。
「ちょい待ちー」
敵を前にしているとは思えない程に緊張感に欠いた間延びした声。
「何を……!」
「ここはボクらでやるからさぁ」
気の抜けたような口調のまま、ゆっくりと腕の中にいたセレナをゆっくりと地面へ下ろした。
その口元には笑みが浮かべられており、余裕すら感じさせる。
「君たちはおとなしくそこで見学してて?」
その足が石畳を踏んだ瞬間――。
足元の花が一斉に弾けた。
乾いた破裂音とともに、白い花弁が舞い散る。
次の瞬間、裂けた中心から無数の茎が槍のように伸び上がった。
「っと」
踏み込んだはずの位置から、半歩ずれた場所へと滑るように移動し、
突き上げる茎の群れを紙一重で躱していた。
石畳を貫いたそれが、遅れて衝撃を撒き散らす。
ざり、と足を鳴らしながら、ノクスは軽く体勢を整えた。
ヒュン、と空気を裂く音がして、どこからともなく伸びた細いワイヤーが空中でしなった。
それは一瞬で花の茎に絡みつき、鋭く引き絞られる。
途端にぶつりと束になった花がまとめて断ち切られた。
「へぇ、結構元気だねぇ」
軽く感心したように呟きながら、ノクスは指先を弾く。
ワイヤーが軌道を変え、次々と伸びてくる茎を絡め取り、裂いていく。
「あははは!すごいすごい!」
ぱちぱちと手を叩きながら、ベリスはその場で軽く跳ねる。
まるで見世物でも眺めているかのような無邪気さだ。
「ねえねえ、なにそれ?糸?あはは、すごーい!」
きらきらと目を輝かせながら、ベリスはくるりと振り返る。
「じゃあさ、こっちも本気出そっか」
軽い調子でそう言うと花の奥へと、ひょいひょいと駆けていく。
ぱたぱたと駆けていくベリスの先には、一人の男がよろめきながら姿を現した。
「ほぉら、起きて起きて?」
焦点の合わない瞳。
足取りはおぼつかず、今にも倒れそうなほどに力がない。
首には文様と、首の中心に今にも咲きそうな小さな花弁。
「さっきも使っちゃったからしんどいー?大人なんだから痛いの我慢してよもうー」
無邪気な声でそう言いながら、少女はその腕をぐいっと強引に引く。
「ね?まだできるでしょ?あと1回だけ!ね?」
男は答えない。
ただ、微かに震える指先だけが、かろうじて動いている。
「あと1回だけ。ね?」
甘えるような声音。
男の焦点は合っておらず宙を彷徨い、口は大きく開いたまま。
まともに意識があるとさえ思えない。
言葉も発せない様子の男の様子を気に掛けるわけでも無く、ベリスは笑みを深めた。
「あはは、何も言わないってことは良いってことだよね!」
ベリスがそう言った次の瞬間。
男の体が、びくりと大きく跳ねた。
「ッ、ぅ……!ぁあ、ぁ……!」
声にならない悲鳴が漏れる。
その足元から、再び白い花が芽吹き、蔓が伸びる。
さっきとは比べものにならない勢いで、空間を埋め尽くすように。
途端に、どさりと重い音が響いた。
ベリスが手を離し、支えを失った男の身体が地面に崩れ落ちる。
その目に光はなく、すでに息もない。
ただ、首筋に刻まれた紋様だけが、花を満開に咲かせていた。
「あと1回だけ」と、ベリスは言っていた。
つまり、強制使用の制限は今ので尽きたということだ。
背筋を、冷たいものが走る。
自分もティアに強制使用を許し続ければ、いずれ――。
「あまりにも荒々しい教え方だったのでは?トラウマにならないといいですが……」
セレナの声に、思考が引き戻される。
どうやら顔に出ていたらしい。
「ん~、でも遅かれ早かれ知ることだよ?だったら早い方が良いってもんじゃない?」
気の抜けた調子で、ノクスが肩を竦めた。
「それはそうかもしれませんが」
淡々と応じながら、セレナの周囲に淡い光が灯る。
月光のような光弾がいくつも生まれ、迫る蔓へと放たれた。
撃ち漏らしたそれを、ノクスのワイヤーが絡め取る。
次の瞬間には、容赦なく引き裂かれていた。
「それにしても、ちょっとキリが無いよねぇ」
「そう思うのなら、さっさと命令しなさい。最初からそれが目的の筈でしょう?」
「はいはい。お姫様の仰せのままに……」
ノクスは軽く首筋へと指を添えた。
刻まれた紋が、わずかに淡く光る。
「セレナ、撃て」
「……ええ」
短く応じたその声と同時に、セレナの足元に淡い光が広がった。
その瞬間。
ふわり、と地面に触れることなく、白い光が輪を描く。
やがてそれは、花弁の形を成しながらゆっくりと開いていった。
一枚、また一枚と。
重なり合う光が、巨大な花を形作る。
月下美人。
淡く発光するその花の中心へ、周囲に漂っていた光が吸い寄せられていく。
集まり、収束し、凝縮されていく光は、やがて眩い輝きへと変わった。
「……消えなさい」
セレナは静かに手をかざすと、閃光が解き放たれる。
収束された光は奔流となり、正面へと撃ち抜かれる。
白い花の群れを呑み込み、焼き払いながら、一直線に貫いていった。
視界を埋め尽くすほどの光量。
すべてを薙ぎ払うような一撃。
やがて光が収まり、その軌道上にあった白い花とベリスの姿だけが、跡形もなく消え失せていた。
「お疲れ様、ボクのお姫様。ふふ、相変わらず綺麗だよねぇ」
気の抜けた声で、ノクスがぽつりと呟く。
まるで今の一撃が特別なものでも何でもないかのように。
ただ、見慣れた光景を評するような軽さで。
その横で、セレナは何も言わず、静かに手を下ろした。




