殺意の無い夜
(セタリアに言われて来たのか)
そう言われて、ようやく腑に落ちた。
セタリアはノワールとあまり変わらないほど、幼い話し方をする。
言葉遣いは柔らかく、ノワールのように乱暴ではない。
どこか舌ったらずで、甘えるような雰囲気を纏った、ノワールの仲間の少女だ。
そんな彼女は、直情的なノワールよりは幾分か言葉が通じる印象が強い。
落ち着いて状況を見て動く。
そのような印象を受けた。
対するノワールはあまりにも真っ直ぐで、考えるよりも先に身体が動く。
もしなにも言われないままだったら。
最初に出会った時と同じように、躊躇無く刃を振り下ろしていた可能性すらあった。
そんな彼女が、こうして落ち着いた様子で話をしに来た。
その理由がセタリアだと言われれば、納得出来た。
「てめーら外のもんだろ?こんな気っ色わりーとこにわざわざ来るなんて、物好きどもが」
ノワールは窓枠に腰掛けたまま、鼻で笑うように言い放った。
「あはは……、確かにな」
否定出来ないまま苦笑を浮かべる。
このソリトゥスに来てからというもの、ずっと気味の悪さを感じている。
色彩を削ぎ落したような白と黒と灰の街。
それだけでも気分を憂鬱とさせるには十分だった。
さらに滞在中の拠点として案内されたこの建物も、殺伐としていて気の抜けない。
ノワールがいてもいなくても、
彼女の言う通り、ここが気色悪い場所であることには変わりはなかった。
「俺たちの知りたいことが知れるからって、ここに招かれたんだ」
そう答えると、ノワールは「ふーん」と気のない返事をした。
興味があるのかないのか分からない声。
視線をふいと下へ落とすと、退屈そうに、自分の髪を指先に絡ませて弄り始めた。
「知りたいこと……、ねぇ」
ノワールがぽつりと呟く。
夜風に揺れる髪を指先で遊ばせながら、何かを考え込むように目を細める。
しばらくして。
ノワールは髪を弄っていた手をすっと止めた。
指先から黒紫の髪がさらりと零れ落ちる。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
紅い瞳が真っ直ぐティアへ向けられる。
「それって、こいつのことについてか?」
自分の話が持ち出されたというのに、当の本人であるティアは特に反応を示さなかった。
ただ静かに、会話に耳を傾けていた。
その横顔を見ながら、俺はひとり、思考を巡らせる。
どこまで話すべきか。
誤魔化すべきか。
それとも適当に話を逸らすか。
だがすぐに、そんな考えは振り払った。
(別に隠すことも無いか)
ティアについて知りたいと思っていることは事実だ。
そのためにここまで来たのも間違いない。
それに。
目の前にいるノワールは、一切信用できない相手というわけでもなかった。
確かに俺の命を狙った。
初対面で、それも俺が寝ているところを襲ってきた相手だ。
本来なら警戒して当然だろう。
けれど、不思議と話が通じない相手だとは思えなかった。
短気で乱暴で、自分勝手なところはある。
だが、自分の考えを隠して裏で何かを企むような性格ではない。
嫌いなら嫌いと言う。
気に入らないなら暴力を振るう。
そんな単純明快な少女なのだ。
だからこそ、変な駆け引きをする必要も感じなかった。
俺は小さく息を吐く。
そしてノワールの問いに対して、こくりと頷いた。
「……それもある」
否定もせず、誤魔化すこともせず、素直に認めた。
ここに来れば、俺たちの知りたい情報が得られる。
そう言われて、このソリトゥスまでやって来た。
だが実際のところ、その"知りたい情報"が何を指しているのか、俺たち自身もはっきり理解しているわけではない。
それでも、元々はティアのことを調べていたのだから間違っていないだろう。
「呪華について、知りたいんだ」
ノワールは口を挟むこと無く聞いている。
最後まで、俺が言い終えるまで待っているようだった。
俺は言葉を選びながら続ける。
「あのひどい光景」
脳裏に焼き付いて離れない光景を思い出す。
赤と黒に染まった景色。
無造作に積み重なる死体。
そして目に映る全てを殺そうとする、狂気じみた殺意。
あまりにも鮮烈で、現実ではないものと分かっていても信じられないほどに生々しかった。
「リリィっていう、ティアに似た女の子になにがあったのか。なんであんな風に殺意を剥き出しにして、目の前の人全員を殺そうとしていたのか」
言葉にしながら、あの少女の顔を思い浮かべる。
ティアによく似た容姿。
ティアとは正反対の、黒髪の少女。
思い返せば、あの少女はよく笑っていた。
楽しそうに笑って。
拗ねて。
怒って。
時には意地悪だと頬を膨らませて。
そんな何気ない表情を見せてくれていた。
相手は俺では無い、成人した別の誰かだったとしても。
純粋で。
真っ直ぐで。
誰かを傷付けることとは無縁に見えた少女。
だからこそ理解出来なかった。
どうしてあんな顔をしていたのか。
どうしてあそこまで深い憎悪を抱えていたのか。
どうして何もかもを呪うような目をしていたのか。
あの時のリリィの顔を思い出す。
赤く染まった景色の中で。
黒い花を咲かせて。
ノワールの持つ大鎌と同じものを引き摺りながら。
目に映る全てを壊そうとするような殺意を纏いながら立っていたあの姿を。
正直なところ、ノワールにこの話をして意味があるのかは分からない。
彼女がリリィを知っている保証なんてどこにもない。
むしろ知らない可能性の方が高いだろう。
俺とティアが、黒いコートの少年に堕とされた夢の中で見た、少女の話だ。
意味不明だと思われても仕方がない。
それでも。
何故だか訊いてみようと思った。
あの子と同じ獲物を扱う彼女なら。
ティアと同じ、黒ユリの呪華である彼女なら。
なにか知っているかもしれないと。
そんな気がしたのだ。
そして最後に。
付け加えるように言葉を続けた。
「それと……、器ってなんのことかも……。知りたい」
カーディナの屋敷で見付けた紙に書いてあった“器候補”の文字。
そして、リリィが言っていた“あの人の魂の入れ物”。
初めて見た時から妙に頭に残っていた。
誰のための器なのか。
誰の魂の入れ物なのか。
肝心な部分だけが抜け落ちていて、なんのことか分からない。
それがなにを示しているのかも、知りたかった。
ノワールは何も言わなかった。
途中で口を挟むことも無く、最後まで黙って話を聞いている。
髪を弄んでいた指はいつの間にか離されている。
からかう様子も無い。
馬鹿にする様子も無い。
夢の話など信じられないと笑い飛ばすことも無かった。
ただ真っ直ぐに。
真面目な顔で、俺の話に耳を傾けていた。




