心の拠り所
「っ……、ぅ……!」
ひとり使用する部屋として与えられた客室。
その部屋に、苦痛に満ちた呻き声が微かに響く。
月明かりの光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
日中きっちりと身に着けていた燕尾服は、今はもう脱いでいる。
あれを着たままベッドに横になるなんて考えられなかった。
しわ一つ寄らないように綺麗に畳んで、ベッドの脇のサイドテーブルの上に置いている。
代わりに今は、動きやすいラフな服に着替えていた。
眠りについていた筈だった。
それなのに、一時間も経たないうちに目が覚めてしまう。
重苦しい身体をのそりと起こす。
眉を顰めながら、片手を額に当てた。
いつもは手袋をしているその手が直接肌に触れるせいか、余計に熱を感じる気がする。
ズキズキと頭が痛む。
まともに眠りにつけていないせいもあるのだろう。
だけど一番の理由は、立て続けに見るようになった悪夢のせいだ。
その影響で、嫌な感情だけが胸の奥にじわじわと残っていた。
不快感。
恐怖。
絶望。
断片的に思い出される夢の内容は、どれも気分の悪いものだった。
やけに幼い、自分の姿。
目の前に出された食事に恐怖して、怯えた表情を浮かべてしまう自分。
木製のスプーンを握り締めたまま、手を伸ばすことすら出来ずにいる。
一見普通の、少しばかり豪華な美味しそうな食事。
だけどそれが普通の食事ではないと理解しているように。
指先を震わせ、固まっていた。
周囲にも同じ食事を出された子どもたちが、同じように食事をしている。
誰も言葉を発さない。
誰もこちらを見ない。
誰も助けてはくれない。
――食べないと餓死してしまう。
だからこそ、意を決して口に入れ。
嘔吐した。
また別の場面では、同年代の子に刃物を向けられ、躊躇無く切り掛かられていた。
自分も両手に短剣を握り締めていたのに、それを振るうことも出来ないまま怯えるばかり。
避けることも、反撃することも出来ないまま。
切りつけられる痛みに顔を歪め、血を流していた。
そんな俺の横に、誰かがいた気がする。
左右で色の違う、蒼と金の瞳。
その目が、俺を切り付けた相手を睨み付けていた。
紅く染まった短剣を片手に。
その眼を狂気に歪めながら。
目の前の相手に向けていた。
「ッ……。知らねぇ……。こんなの、俺は知らねぇ……ッ」
額に当てていた手で、ぐしゃりと額にかかる前髪を乱暴に掴む。
自分が知っているのは、カーディナの屋敷に連れて来られて、使用人として迎えられた時からの記憶だけ。
それ以前の記憶なんて覚えていない。
こんな光景は知らない。
知りたくない。
身を縮めるように、もう片方の腕で自分の反対側の肩を強く掴む。
ぎゅっと強く目を瞑り、救いを求めるように、別のことを必死に考える。
代わりに思い浮かべるのは、主人であるレインの顔だった。
悪戯をして楽しそうに笑う顔。
何か企んでいる時の、少しだけ無邪気な表情。
不思議そうな表情を浮かべてこちらを見る、あの目。
「レイン……、さま……」
そんな主人の姿を思い浮かべながら、消え入るような声で小さく呟いた。




