壊す理由
クローディアスの怒りがようやく収まった頃。
ノワールがようやく地面へと降ろされた。
「っ……はぁ……、っ……」
地面に両手をつき、ひどい目に遭ったと言いたげに、肩で大きく息をしながら呼吸を整える。
そうして息を整えて、ノワールは先ほどまで座っていた場所へと戻り、腰を下ろした。
そのタイミングで、俺は口を開いた。
「それで、おまえたちはいったい何者なんだ?」
問い掛けると、ノワールはきょとんとした顔を浮かべた。
まるで“今さらそれを聞くのか?”とでも言いたげな表情でこちらを見る。
「もうわかってんじゃねーのか?その生臭女連れてんだから」
「その生臭女っていうのやだ。やめて」
「はぁ?なに一丁前に人間くさいこと抜かしてんだ?」
ノワールが小馬鹿にしたように鼻で笑う。
ティアはむっとしながら、はっきりと言い返した。
「私にも、ティアって名前あるもん」
「きっしょ。……まぁいいや。わかったよバカ女」
「あ、ひどい!?バカって言った!」
「バーカバーカ!腹黒性悪クソ女!」
「むぅ……!」
ティアが頬を膨らませて睨み返す。
対するノワールは、楽しそうに口元を歪めていた。
「あはは~。びっくりするくらい話進まないねぇ」
ノクスが肩を竦めた。
確かにこのままだと、また収拾がつかなくなる気がする。
訊きたいことがあっても、まともに話が出来ないだろう。
そう考えて、俺はクローディアスに視線を向けた。
「クロ。もう一回頼めるか?」
なんのことを言っているのか、明確に言葉にしなくても意図は伝わったらしい。
クローディアスはすぐに頷いた。
「任せてください」
再びノワールの身体を抱き上げようと、クローディアスが距離を詰めようと一歩踏み出す。
その気配を察知して、ノワールの顔色が変わった。
「は!?嘘嘘!?ちゃんと話すからぁ!?」
胸の前で両手をぶんぶんと振り、必死に拒絶を示した。
「で……、なんだっけ」
ノワールが小さい足と腕を組みながら、首を傾げた。
さっきまで散々脱線していたせいで、本気で忘れかけていたらしい。
「ルーたちが何者か、だっけ?」
思い出したように口を開く。
「ルーはそこのバカ女と同じ黒ユリ」
そう言いながらティアを指差し、
「ネコはエノコログサってやつだよ」
今度は隣に座るセタリアを親指で差し示した。
当の本人は相変わらずパンを頬張ったまま。
もぐもぐと咀嚼しながら、幸せそうに目を細めている。
完全に自己紹介はノワールに丸投げして、食事を満喫していた。
「エノコログサ……?」
聞き慣れない名前に首を傾げる。
すると、ノワールが面倒くさそうに肩を竦めた。
「ネコじゃらしって言った方が分かりやすいか?」
「あぁ……。あのふわふわしたやつか」
そう説明されて、ようやく理解した。
道端でもよく見掛ける、ふわふわとした穂の付いた淡い緑色の草だ。
「こいつはその呪華だよ」
その横で、セタリアはようやく最後のひとくちを飲み込んだ。
「えへへ、美味しかった」
幸せだとばかりに、頬を緩め揺、耳や尻尾を揺らしていた。
「……」
ティアは黙ったまま、セタリアの尻尾を目で追っていた。
ゆらゆらと左右に揺れる細い尻尾。
その先に巻かれた黒いリボンまで一緒に揺れている。
やがて、視線はセタリアの頭上へと移動する。
ぴくりと動く耳をじっと見て、そっと手を伸ばした。
ティアの指先が猫耳に触れ、柔らかな毛並みを撫でる。
その途端。
「にゃ!?」
と、セタリアの口から素っ頓狂な声が飛び出した。
セタリアの身体がびくりと跳ね、耳がぴんと立つ。
驚いたように目を丸くして、勢いよくティアを振り返った。
目をぱちくりと瞬かせて。
セタリアはぱっと身を翻し、ネコのように四肢を使いながら素早くその場から離れてしまった。
「あ!待って!」
すぐさまティアが立ち上がる。
逃げていくセタリアを追い掛けるように駆け出した。
「ちょっとなになになにー!?出逢ったばっかりのネコの耳触るとかえっちだよー!?」
セタリアが慌てたように声を上げる。
けれど、その口調とは裏腹に、本気で逃げるつもりはないらしい。
速度はそこまで出ていない。
本気で逃げるつもりがないことは明らかだった。
ティアが追い付けそうになると少しだけ離れ、離れ過ぎるとまた近付く。
付かず離れずの距離。
手を伸ばせば届きそうで届かない。
そんな絶妙な距離を保ちながら、セタリアは楽しそうに逃げ回っていた。
「お願い! もう一回だけ!」
「だめ」
「ちょっとだけ!」
「やーだ!」
拒否しながらも、セタリアの尻尾は楽しげに左右へ揺れていた。
本当に嫌なら、とっくに姿を見失うほど遠くへ逃げているだろう。
それでも逃げないのは、追い掛けっこそのものを楽しんでいるからかもしれない。
「なにやってんだあいつら」
追い掛けっこを続ける二人を眺めながら、ノワールが呆れたように呟いた。
膝を立て、その上に肘を乗せる。
さらに頬杖までついていた。
つい先ほどまでティアと口喧嘩をしていた本人が言う台詞ではない気もする。
そんなノワールを見ながら、今度はノクスが口を開いた。
「それでちびっ子ちゃんはなんでお坊ちゃんを襲ったのー?」
「お坊ちゃん?」
一瞬、誰のことか分からなかったのだろう。
ノワールが不思議そうに首を傾げる。
だがすぐに思い当たったらしい。
自分が誰を襲ったのか思い出し、俺を見ながら
「あぁ」
と短く声を上げた。
昨夜の襲撃。
あれは単なる悪戯では済まされない。
実際にノワールは俺の首を狙い、大鎌を振るっていた。
冗談でも遊びでもない。
明確な殺意をこちらに向けていた。
「それとさぁ」
ノクスが笑みを浮かべたまま続ける。
「別の子どもも殺されてたんだけど、あれもキミがやったのかなぁ?傷口がちょうど、でっかい刃物で切り裂かれたみたいだったもん。まるで……、君の持ってる鎌で切り裂かれたような……ね?」
緩み掛けた空気がピリついたことを、ノワールも感じ取ったのだろう。
頬杖をついたまま、ちらりとこちらへ視線を向けた。
「なんでって――」
少しだけ首を傾げる。
まるで当たり前のことを聞かれたかのように。
「そうしないといけないから」
あっさりと。
なんでもないことのように、ノワールはそう答えた。
「あはっ!そーだよ!ルーたちがやったんだ!」
あまりにもあっさりと、ノワールは自分がやったと認めた。
隠す様子も、誤魔化す様子もない。
それどころか、どこか楽しげですらあった。
くくく、と喉を鳴らして笑いながら。
紅い瞳を細めて、楽しそうに続けた。
「やらなきゃいけないからやった。それだけだよ?あいつらは壊さないといけないんだ。本物になる前に。壊さないといけないんだよ」
「本物?」
聞き返すと、ノワールは不思議そうに首を傾げた。
「?だってあいつらは偽物だろ?ここで生み出してる、生き人形」
どういうことかと詳しく問い質そうと口を開きかけた、その時。
先回りするようにノワールが言った。
「言っとくけど。詳しく説明しろとか言われても無理だかんな?ルーが知ってるのは、金髪は生かしておくと良くないってことくらいなんだから」
そう言って、ノワールの紅い瞳が、真っ直ぐこちらへと向けられていた。




