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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
13/24

呪華と契約について

石造りの壁に囲まれた、小ぢんまりとした食堂。


部屋の中央には汚れひとつ無い白いクロスの敷かれた円形のテーブルと人数分の椅子がある。

貴族の食堂のような雰囲気を感じさせつつも広すぎず、どこか閉じた安心感を感じられた。


ここに案内される前に、服も「堅苦しい礼服のままだと動きづらいでしょう?」と気を利かされ、気楽な、それでいても上品さを欠かない服を渡され着替えている。


「は~い、お待たせしたよねぇ」


間延びした声とともに、ノクスが姿を現す。

その手元には、小ぶりなサービスワゴンが押されていた。


カラカラと車輪が床を転がり、微かな軋みとともにテーブルの傍で止まる。

ワゴンの上に並べられていた皿を一つずつ取り上げ、丁寧に、しかし手際よくテーブルへと配置していく。


見た目や話し方から想像が付かない程に手慣れた手付きで無駄が無く見受けられる。


「どうぞ召し上がれ」


焼きたてのパン、野菜たっぷりのスープ。

食べやすいように切り分けられた分厚い肉のステーキに、軽くソースがかかった温野菜。

そして、ラズベリーのタルト。


いかにも良いとこの質の高いメニューが並べられて驚いた。

自宅である屋敷では飽きる程に見慣れたメニューなのだが、まさか誘拐した相手に振る舞うメニューがこれだとは誰が想像出来るのだろうか。

たとえ出されてもパンやスープくらいかと想像してたのだが。


それならば遠慮無く……、とナイフとフォークに手を伸ばしかけた。

そこに手が伸びて来て、クローディアスに行動を遮られる。


「レイン様。軽率に食べないようにしてください。何が入っているのかまだ――」


何らかの毒物が仕込まれている可能性を懸念して制止するクローディアスの目の前で、俺の前へと並べられていた料理皿のひとつにノクスの手が伸ばされた。

そのままひょいっと素手でステーキ肉を一切れつまみ、口の中へと運ぶ。


あまりにも自然な流れで食べられた為に、あっけにとられて口をぽかんと開けてしまう。

ノクスはそのまましばらくもぐもぐと咀嚼した後に、ごくりと飲み込んでしまった。


「ほら、これなら安心して食べられるでしょ~?毒とか入っていないから。ね?」


確かにそれならばまだ安心か、とクローディアスが手を降ろした。

今度こそナイフとフォークを手にして、食事を口に入れる。


「ん!うっま……」


見た目通りに味も上質で、素直な感想を口にした。


「いやぁ、良かった良かった。お坊ちゃんの口に合うか、もう心配で心配で……。調理中も手が震えてたよ~」



「「え?」」


驚きのあまり、クローディアスと声が重なる。

ノクスが作ったのか?これを?

どう見ても料理などするように見えない。


「そそそ。ボクが用意したんだよ~、これ。ふふふ、驚いた?」


ノクスはフォークをくるくると回しながら、あっけらかんと言った。


「ここには君たち以外にお姫様とボク、黒ユリちゃんしかいないしぃ?お姫様に家事なんて無粋なことさせるわけにはいかない、黒ユリちゃんが料理なんて無理無理」


恐らくお姫様はセレナ、そして黒ユリちゃんとはティアのことだろう。

特殊な呼び方だけれども、他に人がいないのなら見た目や立ち居振る舞いの印象的にお姫様の方がセレナを指しているのだろう。


黒ユリちゃんとは、と疑問に思って理由に思い至った。

そういえば気を失う前に、足元に黒ユリが一面に広がっていたような気がする。

そこまで思い出して、ティアを見た。


テーブルの上に並べられた料理には目もくれず、彼女はひとりだけ大きめのサイズを用意されたラズベリーの乗ったタルトへと手を伸ばしていた。


フォークも使わずに素手で掴み取り、そのまま口へと運ぶ。

ぽろぽろと生地や果実がこぼれ落ち、白いクロスの上に赤い染みを作っていく。


頬にラズベリージャムを付けたまま夢中で食べ続けるその様子は、とても成長した女性が食べる姿にしてはお行儀が良いとは決して言えないものだった。


「……」


思わず、絶句する。


「もう……。またこんなにこぼして」


呆れたように、しかしどこか慣れた様子でセレナが口を開いた。

ティアの口に付いているジャムをナプキンで拭き取っていた。


「あといつも言っていますが、デザートばかりではなく他のものも召し上がってください」

「嫌っ。これが良いのっ」

「子供じゃないんですから……」


まるで聞き分けの無い幼い子供だ。

それでも窘めるのみで、無理にデザート以外を食べさせようとはしていないのはなんでだ?と疑問がよぎったところに、驚きの言葉が紡がれた。


「私たちは食べなくても生きていられるからって選り好みするのはどうかと思いますが……」


食事をしなくても生きていられる?

そんなの有り得ない。

そんなの……、人間じゃないじゃないか。


俺の思考を読むように、セレナはこちらに目もくれずに続けた。


「何故……、って思っているでしょう?」

「え、あ、えっと……」


あまりにも失礼なことを訊いているようで言葉に詰まってしまう。

セレナはそんな俺を見て、肩を竦めた。


「別に構いませんよ。気にしなくていいです。事実ですので」


そう言うと俺の疑問に答えるように言葉を続けてくれた。


「私とこの子、ティアは“呪華(じゅか)”と呼ばれる異形の存在。呪われた化け物のようなものです。私は月下美人。この子は黒ユリの呪華です」

「呪華……?」


「あれ? お坊ちゃんって、仮にもカーディナ家の人間だよねぇ?」


驚いたようにノクスの声の調子が揺らいだ。


「あそこって呪華の封印を担ってる家だったような気がするんだけど……」


間延びした口調はそのままに、その視線だけが俺を探るように細められる。


「もしかして、お坊ちゃんには知らされていなかったのかな?」


自分の家の事情を聞かされて、視線が泳ぐ。

知らない。

その事実だけが、やけに重く胸に落ちた。


「へぇ……」


ノクスが、僅かに目を細めた。


「ほんとに、知らないんだぁ」


その声音には、先ほどとは違う色が混じっていた。

まるで面白いものでも見付けたかのように、ゆったりと口元が歪み、「ふぅん……?」と声を漏らす。


「面白いことになってるねぇ」


「そもそも、知っていたらあのまま式典の行われていたであろう会場に向かおうとしていないのでは?」


「あははは!それもそうだ!」


張り詰めた空気の中、不似合いにノクスの笑い声が響く。


どういうことだ?

あのまま式典に参加していたら、なにかマズいことでもあるのか……?


何が何だか理解出来ず、困惑する。

するとノクスがずいっと顔を寄せ、俺の首に指を突き付けた。


「こんな如何にも呪われましたって証を掲げて、そんな家の式典に参加しようなんて自殺行為にも程があるよぉ?黒ユリちゃんが契約されたことに気付いたから連れ出すことが出来たけど、もう少しで処刑場に自分から突っ込むところ。感謝して欲しいよねぇ。あ~、無知って怖い怖い」


「知らないなら仕方ないことでしょう。式典で初めて知らされる、という場合もあるでしょう。彼が知らないことを責めるみたいな言い方はやめなさい」


セレナに窘められ、「はいはい」と呟きながらノクスが離れる。


「知らないようだから教えてあげる。ボクと君の首についてるこれね、呪華に呪われ、契約した証なんだよ。変なものに触ったとか、ヤバい場所に入り込んだとか覚え無い?」


ヤバい場所……。

自棄に現実離れした空気。

深淵に落ちる感覚。

そして四肢と首を鎖に拘束され、焼かれた、あの感覚。


「――っ」


無意識に、首元を押さえる。


そこには確かに何もない。

だが皮膚の奥に焼き付いたような痛みだけが思い起こされる。


「あぁ、思い当たることはあるみたいだねぇ」


俺の反応に確信したのだろう。

ノクスがにやりと笑った。


「ま、その様子なら間違いないかぁ。ご愁傷様ぁ」


軽い調子で告げられる言葉が、やけに重く響いた。

視界の端で心配そうに俺を見るクローディアスの顔が映る。

ただ静かに、「レイン様……」と案じる声だけ。

そんなクローディアスの姿を見て、不思議と冷静さを取り戻した。


「……それで、これがあると何が起きるんだ?」


ノクスの表情が嘲りを含んだ表情は一変。

「へぇ……」と今度は面白いものでも見るような笑みへと変わった。


「安心して?別にすぐ死ぬとかじゃないからさぁ。まぁ、自殺志願者でも無ければ?家に帰るなんて考えはもう捨てておいた方が良いと思うけど?」


「ノクス、いちいち言い方が意地悪ですよ」

「あはは、怒られちゃった~。ん~、でもこれは言っておかないとね~」


途端にノクスの表情が真剣なものへと変わる。


「契約主は契約相手の呪華に命令して、能力の底上げだったり特殊な術を使うことが出来る。弱い力くらいは契約無しでも使えるみたいだけどね?……でも、安全に使えるのは契約主が命令した時だけさ。もう既に黒ユリちゃんが1回使っちゃったけど、呪華側が強制的に能力を使うのは、契約主の命を縮める行為。……つまり、使われ過ぎると君は死ぬってことだね」


既に1回……。

ティアの手が俺に触れた時か。


無意識に、ティアの方へ視線が向いた。


「……なら」


わずかに息を整え、視線を上げる。


「あと何回までなら、大丈夫なんだ」


できるだけ感情を殺して問う。


ノクスは一瞬だけ目を細め――。

すぐに、楽しげに口元を歪めた。


「いいねぇ、話が早くて助かるよぉ」


くっ、と喉の奥で笑う。


「強制使用が出来るのは4回まで」」


目の前に4本指を立てて示される。


「だけど、4回目を使われたら契約主は命を落とす」

「……全部で4回」


小さく、確認するように言葉を繰り返す。


「ってことは――」


「そうそう」


ノクスが立てていた指を、3本から1本へと変えた。


「お坊ちゃんが無事でいられるのは、あと3回までってこと」


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