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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第四章
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ノワールとセタリア

「「あ」」


声が重なる。

滞在していた建物の外に出ていた。


陰鬱とした雰囲気のあの建物の中にずっといたのでは気が滅入りそうで、気分転換がてら周囲の店を見てまわっていたのだ。


何の気なしに足を踏み入れたパン屋で、並べられていた商品のひとつのパンに手を伸ばしかけたその時。


隣から伸びてきた手の指先が、微かに触れた。

反射的に謝罪しようとして、顔を上げる。


そこに立っていた少女の姿に驚いて、動きを止めてしまった。


昨夜、俺たちの眠る部屋を襲撃してきた相手。

自分のことを“ルー”と名乗っていた、あの幼い少女だったのだから。


「あーーーー!?てめーは金髪薄鈍(うすのろ)クソ野郎!!」


こちらの姿を視界に捉えるなり、少女はまっすぐに人差し指をこちらに突きつけてきた。

店内に響き渡る大声に、思わず顔を顰めた。


「うるっさ……ッ……」


耳の奥がキーンと鳴り、頭が痛い。

彼女に近い方の耳を片手で押さえながら、文句の言葉を漏らした。


「なんで口を開くたびに悪口増えるんだよ」


だが、そんな文句混じりの問いかけに返事が返ってくることは無かった。

少女はそんなことには興味がないとでも言うように、さらに続ける。


「ちょうどいい!ここで会ったことを後悔しながら死にやがれ!」


途端に姿勢を低くして、武器を持つ構えをとろうとする。

だが、その手にはまだなにも握られていなかった。


それでも嫌な予感がする。


その構えから、この場でその身の丈よりも大きな鎌を形成し、その手に握り締めようとしていることが容易に想像出来てしまったのだ。


「は!?おい待て!?ここ店ん中……!」


「ダメだってばルー!次からお店入れなくなっちゃうー!」


信じられないと焦る俺の制止の声とほぼ同時に、もう一つの声が被さった。


昨晩もこの口の悪い少女を連れ戻しに来ていた、若草色のローブの少女だった。

彼女は少女を後ろから抱え込むようにして、必死に押さえつけている。


あの時は野生の獣のように身を低くしていたせいで分からなかったが、こうして見ると彼女は口の悪い少女よりも背が高い。


ティアとそう大差ない体格にも見受けられた。


そんな若草色のローブの少女に抱えられて、足が地面に付かず、子どもらしく手足をばたつかせていた。


「はーーなーーせーーーー!!」


騒がしく喚き散らす少女を、半ば引きずるような形で店の外へ連れ出す。


他の客や店員の視線が痛いほど突き刺さった。

気まずさを抱えたまま、騒ぎを起こしてしまったことを詫びる意味を込めて、出ていく直前に軽く頭を下げる。


若草色のローブの少女に先導されるまま、俺たちは彼女たちが住まいとしているらしい場所へと向かうことになった。


街の奥地。

誰も入り込まないような寂れたところに構えられた、古びた廃屋。

どうやらここが、あの二人の隠れ家らしい。


中は物が乱雑に積み上がり、埃っぽくもある。

だが、身を隠すだけなら十分なのだろう。


ただ、流石に七人も中に入るには狭すぎる。

結局、中に入ることは諦めて、俺たちは扉の前に腰を下ろしていた。


あの騒動のあと、店への詫びとしてクローディアスが多めにパンを買ってきてくれている。

そのパンを、騒ぎを起こした張本人である少女が両手で抱えるように持ち、黙々と頬張っていた。


やがて、ひとつのパンを食べ終わると、少女がぽつりと呟く。


「ノワール。それがルーの名前」


彼女自身も、若草色のローブの少女も、ずっと“ルー”と呼び合っていた。

だからそれが本名なのだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。

愛称のようなものなのだろう。


どちらで呼ぶべきか悩み掛けたところ。

その気配を察したのか、言葉がすぐに差し込まれた。


「ルーのことはルーでいい。そっちの方が聞きなれてる」


「それじゃあ遠慮無く、ルーって呼ばせてもらうよ。それと……」


言いながら、ノワールのすぐ隣へと座る少女へと視線を向ける。


街の人のひと目が無くなったからか、今はローブをすっかり脱いでいる。


露わになったのは、緩やかに波打つミルクティー色の髪だった。

淡い緑色のネコを思わせる瞳。


そして、髪と同じ色をした耳と尻尾。


猫の耳と、細くしなやかな尻尾。

その尻尾には、緩やかな螺旋を描くように黒いリボンが巻かれていた。


薄々気付いていたけれど、やはり、彼女もまた人間ではなかった。


少女はそんな視線など気にする様子もなく、魚のフライを挟んだパンを頬張っている。

もぐ、と咀嚼したあと、ふわりと頬を緩めた。


「こいつはセタ…」

「ネコ」


そんな彼女に代わり、ノワールが彼女の名前を教えようとしたのだろう。

途端に、ネコ耳の少女に声が即座に遮られる。


一文字も掠ってすらいない名前。

人の名前にするにはあまりにも雑で、似つかわしくない呼び方だった。


「ネコはネコ」


追い打ちを掛けるように続けられる言葉。

途端にノワールが勢い良く立ち上がり、少女に鋭い視線を向けた。


「ちげーだろ!それはルーが勝手に呼んでるだけ!!てめーの名前はセタリアだろーが!!」


「ネコ」


「セタリア!!!」


間髪入れずに言い返す。

だが少女は悪びれる様子もなく、黙々と手に持ったパンを食べ進めながら呟いた。


「ルーが呼ぶこの名前の方が好き。だからネコの名前はネコ。おまえたちもネコって呼ぶといい」


「はぁ……、もういいわ」


ノワールは溜め息をこぼし、やれやれと言いたげに大きく頭を振る。

どうやら訂正することを諦めたらしい。



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