金の金糸雀、黒い死神
――その頃。
ティアがクローディアスを連れて行ってしまった後のこと。
ノクスが隣の部屋に面した壁にぴったりと耳を当て、聞き耳を立てていた。
「ノクス」
少し冷めてしまった紅茶を口に運びながら、セレナが呆れたように声を掛ける。
「流石に品性を疑いますよ」
「えー?」
ノクスは壁から離れようともせず、肩を揺らしてくすくすと笑った。
「だって気になるじゃーん」
「気になるからといって盗み聞きをして良い理由にはなりません」
「それはそうだけどさぁ」
反省する様子は皆無だった。
溜め息を吐きながらも、セレナもそれ以上は言わない。
どうせ言ったところで聞かないと分かっているのだろう。
なんとも言えない微妙な視線を向けながら、俺はただその光景を眺めていた。
ふと、部屋の扉がゆっくりと開かれる気配がした。
全員の視線がそちらに集中する。
開いた隙間からひょっこりと顔を覗かせたのは、二人の子どもだった。
どちらも十歳前後だろうか。
見慣れない顔の来訪者に興味を惹かれたのか、好奇心に満ちた目でこちらをじっと見つめている。
「お兄さんたちは新しい使用人候補さんたち?」
「え?」
ノクスがようやく壁から身体を離し、いつもの調子でひらひらと袖を振った。
「ボクたちは違うよ~。ただのお客さん~」
「そうなんだ。ざーんねん」
ノクスの言葉に、子どもは少しだけ肩を落とした。
期待が外れたと言いたげな、軽い落胆だった。
だが、続いて口にされた言葉に、思わず耳を疑う。
「新しい人なら、好きに殺し合いして良いんだよ」
無邪気な声。
けれどその子どもたちが口にする内容は、あまりにも残酷で、幼い子どもが口にするには不釣り合いなものだ。
急激に部屋の空気が冷え込んだ気がした。
「殺し合い、蹴落とし合い、より優れた人が選ばれるんだぁ」
子どもたちは楽しそうに続ける。
残酷さも狂気も感じられない。
ただ無邪気に遊びを楽しむような声。
浮かべられる明るい笑顔が、やけに不気味に思えた。
「……そんなの、おかしいだろ」
無意識のうちに漏れ出た言葉に、子どもたちはきょとんとした顔をするだけだった。
まるで何がおかしいのか、本当に分かっていないと言うように。
そんな俺の様子に、隣からセレナが静かに口を開いた。
「あんまり感情移入しないでください。深淵を覗き続けると、こちらまで呑み込まれてしまう。ここはフィニスの管理下。私たちの常識が通じる場所じゃないんですよ」
セレナの言葉が胸の奥に沈み込む。
彼女の言う通りだ。
こちらの理屈を持ち込むべきじゃない。
頭では理解している。
それでも、すぐに吞み込むことなんて難しかった。
複雑な思いを抱えたまま、子どもたちの前に歩み寄る。
そして腰を落とし、彼らの目線を合わせて声を掛けた。
「君たちは生まれた時からここにいるの?」
俺が問い掛けると、二人は顔を見合わせた。
「そういう子もいるけどねー」
「ほとんどの子は外から連れて来られた子ばっかりだよー?」
「ここで生まれた子は色が薄くって、弱くって、すぐ死んじゃうんだぁ」
「病気になったり、身体が弱かったり、貧弱な子が多いよねー」
まるで雑談でもするように。
笑顔のまま続けられる言葉。
そこには悲しみも憐れみも感じられない。
彼らにとっては、それが当たり前の日常なのだろう。
返す言葉を失ってしまっていると、不意に片方の子どもがこちらを指差した。
「お兄ちゃんも金色なんだから気をつけてね?」
「え?」
「死神に連れて行かれちゃう」
「死神?」
聞き返すと、二人は揃って頷いた。
それが当然のことだと言うように。
「うん」
すると、不意に。
二人の子どもたちは顔を見合わせた。
そして、にこりと笑顔を浮かべ、示し合わせたように声を揃えて歌い始めた。
金の金糸雀、黒い死神のお気に入り
翼をもがれて自由を奪われた哀れな金糸雀
金の金糸雀、黒い死神への貢ぎ物
愛して愛されて
その目にはお互いしか映らない
壊して壊されて
一緒に堕ちよう
地獄までも
どこまでも
底の見えない奈落の向こう側へ
堕ちてしまおう、ふたりきりの世界へと
俺たちが呆然としている間に、子どもたちは身を翻す。
くすくすと、軽やかな笑い声だけが廊下に響き渡った。




