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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第四章
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黒ユリの不安

陽がのぼった時間帯。

レインとティアに割り振られた部屋に、前日と同じように全員が集まっていた。


慣れた手つきで俺が注いだ紅茶を、ノクスがゆっくりと口へ運ぶ。


ひとくち。


味わうように間を置き、静かに飲み込む。

そして、こちらへ視線を向けた。

金の瞳が細められる。


「それで、逃げられちゃったんだぁ」


そしてにっこりと笑い、ひと言。


「お・間・抜・け・さん♪」


明るい声音で、人の神経を逆撫でする言い方。

そんなノクスの言い方に苛立ちが込み上げるが、なにも言い返せない。


理由はどうあれ、取り逃したことは事実なのだから。


「だいたいおまえもなにぐっすり寝てるんだよ。おまえも起きて来れば取り逃がすことも無かっただろうが」


苛立ち混じりに言うと、ノクスがくすくすと笑った。


「やーだね。八つ当たりはみっともないよー?夜間は部屋の外に出るなって言われたじゃーん。それにボクたちが来たところで一緒一緒~」


片手の袖をひらひらと振る。


「別にそんなこと無いと思うけどなぁ」


ノクスの向かいの席で、レインが紅茶を飲みながら呟いた。


普段ならばレインの隣に当たり前のように座るティアの姿が、そこには無かった。

夜中の襲撃の一件以来、彼女はずっと壁際に座り込んだまま動かない。


そんな彼女が突然立ち上がる。

なにも言葉を発さないまま、まっすぐにこちらへ向かってきた。


そして、ぐいっと強い力で俺の腕が引かれた。

抵抗する間もなく、そのまま部屋の外へと引きずられる。


「おい!?どこに連れて行くつもりだ!?」


驚きのあまり、思わず声が上がる。

問い掛けても、ティアは一切答えない。


黙ったまま、部屋の扉へと向かっていく。


彼女が何を考えているのか分からないまま、俺は半ば強引に部屋の外へ連れ出されていった。



先ほどの部屋の隣に位置する部屋。

俺が使っている部屋へと、ティアに半ば強引に押し込まれた。


「急になんなんだよ!?なにがしたいんだおまえは!?」


強引に連れ出され、苛立ち半分、困惑半分で問い掛ける。

だが、ティアは無言を貫き、なにも答えない。


こちらに背中を向けたまま、黙っている。


「ティア?」


呼び掛けても、すぐには反応が返ってこない。

しばらくして、ようやく小さく口を開いた。


「あの、私って……」


ゆっくりと、ティアがこちらに振り向く。


口にすることすら、躊躇っているような声。

言い出しづらそうに、自信無さげに、表情を曇らせていた。


そして、ぽつりと零されたひと言。


「臭い……?」


そのひと言に、少しの間、沈黙が流れる。


なにを言い出したのか、理解が遅れ、

「……はぁ?」

思わず、素の声が漏れた。


手袋を嵌めた手で、こめかみを押さえる。


ここに来てから、ズキズキとずっと続いている鈍い頭痛が、さらに強くなったような気がした。

思わず頭を抱えたくなる衝動を押し殺しながら、深く息を吐く。


「はぁ……」


溜め息を吐くと、ティアが余計に不安そうな顔を浮かべた。


「あの子どもに言われたことを気にしてるのか」


「だって、生臭いって言われた」


その言葉に、もう一度深い溜め息を漏らす。


「誰もそんなこと思ってないから安心しろ。あの子どもの鼻がおかしいだけだ」


「でも……」


まだ納得出来ないといった様子で言い淀む声に、さらに言葉を続けた。


「それこそ、レイン様に訊けばいいだろうが」


「訊けないよ!」


即座に返される、切羽詰まった声。


「そんなの、訊けないよ。もし、臭いとか、体臭気になるとか言われたら、……立ち直れない」


「ならノクスやセレナでもよかっただろう。おまえの保護者みたいなものだろうが。それなのに、なんで俺に訊く」


呆れ混じりに返すと、ティアは真っ直ぐにこちらを見ながら答える。


「セレナはそういうことはっきり言ってくれないし、ノクスが真面目に答えてくれると思う?」


「あー……」


思わず声が漏れる。


(確かに)


頭の中で、あの軽薄そうな笑みが浮かぶ。

まともに答える姿は想像できない。


茶化されてからかわれて終わるのが目に見えていた。


その光景を想像して、肩を竦めた。


「思わないな……」


「でしょ」


「はぁ……」


もう何度目か分からない溜め息が、自然とこぼれてしまう。


「ノクスも言ってただろう?おまえたちには体臭も、花の匂いもしない。したとしても、衣服についた香水や石鹸の香りくらいだ」


自分で口にしておきながら、気まずくなり、思わず苦い顔を浮かべてしまう。


「……というか……。その理屈だと、レイン様が臭うということになるんだが……」


目の前に立つティアへと視線を向ける。


レインに頼まれるまま、ティアの体躯に合わせて調整したレインの黒い上着。

彼自身がティアに譲ってしまったのだから、今では完全に彼女のものなのだろうが、元を辿ればその上着はレインのものだ。


この会話がどういう意味を持つのか考えて、複雑な思いを抱いてしまった。

そんな俺の胸の内に気付くわけも無く、ティアが不思議そうに首を傾げる。


「?レインは良い匂いだよ?」


「知ってる」


即座に返した。


「だからあの子どもだけが感じる臭いだろうさ。同じ呪華同士、おまえたちだけで感じ取れるなにかがあるんだろ。前にもあった筈だ」


ティアと同じ、黒ユリの呪華。

コレットを目の前にした時。


言葉を交わす前より先に、ティアは彼女のことを明らかに警戒していたのだから。


はっきりと嫌いだと口にして、警戒心を露わにして、レインの後ろにさえ隠れる。


普段のティアは掴みどころがない。

初対面でも物怖じせず、興味を持てば距離を詰めてくる。

その一方で、気に入った相手には驚くほど素直に懐く。


まるで気まぐれで動くネコのように。


そんな自由気ままな彼女からは想像できないほど、明確に拒絶していた。

無意識に同種の呪華間で、感じるものがあるのだろう。


「そういえば……、なんとなく近付きたくないって思うかも」


ティアがぽつりと呟いた。


「そういうことだ。だから気にするだけ無駄だ」


「そっか……。そう、だよね……」


しみじみと呟く声。


ようやく納得してくれたようで。

その表情にはようやく安堵が浮かんでいた。


「……そうだ。もうひとつ」


ティアが背中を向けかけて、ふと思い出したように口を開いた。


「クローディアスは、ここを知っているの?」


その問いに、首を左右に振る。


「そんなわけ無いだろう?ここに来るのはおまえたちと同じ、これが初めてだ。そもそも他に入り込む手段も無いのにどうやってここに来るんだ」


「それもそうだよね……」


ティアは小さく頷いた。

納得したようで、まだどこか引っ掛かりが残っているような表情を浮かべている。


「なんでそんなことを訊くんだ?」


「……ううん、なんとなく」


曖昧な返事を返すと、小さく首を振る。

そのまま、ティアは背中をこちらに向けてしまった。


「変なこと訊いた。ごめんね」

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