夜襲
「――イン!――て……!」
遠くから聞こえる声。
暗闇の向こう側。
誰かが必死に呼んでいる。
「……起きて!」
何度も呼び掛けるその声が、深淵の奥へと沈みかける意識を引き上げる。
「起きて!レイン!!」
その声に、深い悪夢の中から、一気に現実へと引き戻してくれた。
「っ……!」
弾かれたように開けた視界に映ったのは、眼前まで迫った巨大な鎌の切っ先。
そして、それを双剣で受け止めるティアの背中だった。
白い髪が揺れる。
小柄な背中がこちらを庇うように立ち塞がり、交差させた双剣で巨大な鎌を押し返していた。
「良かった!やっと起きてくれた……!」
安堵したような声。
けれど、その声には余裕など欠片もなかった。
ベッドの上という不安定な足場。
恐らく突然の奇襲だったのだろう。
目を覚まさない俺を庇うように、襲撃者の前へ立ち塞がっていた。
結果として、ティアは俺の身体を跨ぐような格好になっている。
「っ、邪魔……!」
苛立ったように吐き捨てると、ティアは双剣を握る腕に力を込めた。
不安定なベッドの上とは思えないほど強く踏み込み、巨大な鎌を強引に押し返した。
甲高い金属音が響く。
体勢を崩した襲撃者に、ティアは間髪入れずに動く。
ベッドへ片手をつき、そのまま身を捻りながら足を大きく振り抜いた。
ティアの蹴りが襲撃者の横腹へ深々とめり込む。
「っう……!!」
襲撃者の身体が吹き飛び、鈍い衝撃音を響かせながら向かいの壁へとその背中を強く打ち付けた。
黒にも見紛うほどの濃い紫の髪。
長い髪を片側で束ねたサイドテール。
セレナよりもほんの少しだけ身長の高い、小柄な少女だった。
そんな彼女の手には、小さい体躯には不釣り合いなほど巨大な鎌が、しっかりと握り締められていた。
「その鎌……!」
見覚えのある鎌。
刃の根本に咲き誇る黒いユリの装飾に。
柄へ絡み付くように巻かれた黒い鎖。
以前見かけた、朱殷の色の少年に堕とされた夢の中のリリィが握っていた少女、リリィが握り締めていた大鎌と、まったく同じものだった。
それを目の前の襲撃者が持っていた。
背中を打ち付けた痛みに耐えるように、紅い瞳が開かれる。
俺の驚いた声に応えるように、ティアが頷いた。
「あの子も多分、私と同じ。コレットみたいに、私と同じ、黒ユリだと思う」
軽い身のこなしで、ティアがベッドから降り、襲撃者へと向き直った。
俺も身体を起こし、襲撃者の少女を見据える。
黒ユリの呪華。
ティアと同じ存在。
こちらが会話を交わしていると、襲撃者の少女は驚いたように、その紅い瞳を見開いていた。
「は……?てめー、喋れるのか?」
吐き捨てるような乱暴な言葉。
幼い見た目には似つかわしくない、荒々しい口調。
戸惑いを隠せていない表情を浮かべていた。
「は?当たり前だろ!?人の寝込み襲っておいてなんなんだよおまえ!」
即座に言い返すと、少女はきょとんとしたように目を瞬かせた。
まるで、こちらの反応そのものが想定外だったかのように。
だけどすぐに興味を失ったかのように、こちらから視線を逸らしてしまった。
「てっきりてめーも人形かと思ったけど、ちげーのか?いや、でももしかしたら……」
立ち上がり、自分の身体よりも大きな鎌を肩に担ぎ直しながら、ぶつぶつと独り言を続ける。
「おい聞いてるのか!?子どもがなんだってこんな夜中に――」
そこまで口にした途端、少女の目がこちらに向いた。
「あ?」
と低い声を漏らしながら、鋭い瞳が真っ直ぐに俺に向けられる。
「今、ルーのことをクソガキって言ったか?」
「いや、そこまで言ってな……」
言い切る前に、言葉が遮られた。
「るっせー!金髪野郎てめーぶっ殺してやる!」
怒声と同時に、巨大な鎌が一気に振り上げられた。
先ほどまでの考え事に更け込んでいた時のような落ち着きは一気に影を潜め、明確な殺意をこちらに向けていた。
「理不尽だろおい!?」
自分のことを“ルー”と呼ぶ少女はすっと身を低くし、大鎌を両手で握り締めて構え直す。
床を蹴り、一気に間合いを詰めると、鎌を大きく振りかぶった。
「邪魔すんな!この生臭女!!」
怒声と共に、刃が横薙ぎに振り抜かれる。
「生臭……!?」
途端にティアが声を裏返させた。
「ちょっと!何その言い方!?私のどこが生臭いの!?」
金属の刃を双剣で受け止めながらティアが叫ぶ。
「臭いだろうが!鼻が曲がりそうな悪臭これでもかってくらいに振り撒きやがって!」
「ひどい!?」
戦闘中とは思えないひどい会話が飛び交う。
思わず啞然としてしまいながら、呆然とそのやり取りを眺めていると、扉の向こう側から騒がしい足音が聞こえてきた。
バタンッと、勢い良く扉が開かれる音が響き渡る。
同時に、クローディアスが部屋の中へと踏み込んできた。
「レイン様!ティア!なにごとですか!?」
「クロ……!」
俺がその名前を呼んだ直後。
クローディアスの足元目掛けて、鋭い金属製の針が三本、軽い音を立てて突き刺さる。
さらに追撃するように、別の影がクローディアスの死角から滑り込むように現れた。
獣のように身を低く屈めたまま、地を這うような姿勢。
指と指の間に挟まれた複数の針が、そのまま横薙ぎに振るわれる。
クローディアスは即座に後方へ跳び、紙一重でそれを回避した。
若草色のローブを纏い、薄茶色髪の髪が揺れる。
フードの影に隠れて、その顔も表情も、姿さえもはっきりと見えない。
その隙を縫って、ローブの人物が部屋の中に向かって声を張り上げた。
「ルー!今日はもうずらかろう!これ以上人が集まって来られたら面倒!」
少し舌ったらずな、幼さの感じられる高い声。
その声を聞いて、少女が忌々しげに舌打ちをした。
「しょうがねぇ!予想してなかったことに時間掛け過ぎた!」
少女は巨大な鎌を持ち直すと、肩に乱暴に担ぎ直す。
そして、こちらに向けて勢いよく指を突きつけた。
「おい!金髪クソ野郎!!あとそこの生臭女!!次会ったらその首もらってやるから覚えとけよ!?」
吐き捨てるように言い切ると、ルーと若草色のローブの少女はともに廊下へと飛び出していった。
特定のタイルを踏むことを避けるように、不自然な動きで駆け抜けていく。
「待て!!」
すぐさまクローディアスが追い掛けようと踏み出す。
追い掛けられそうな空気を感じ取った大鎌を持った少女は振り返らないまま、足元へと視線を移す。
そして、すぐ近くにのタイルをひとつだけ踏み抜いた。
途端に沈み込むタイル。
次の瞬間、壁面から複数の矢が一斉に射出された。
「なっ……!?」
クローディアスは反射的に身をひねり、飛んできた矢をで回避する。
視線を前方に戻したときには、廊下の奥に二人の姿はもう見えなくなっていた。
これ以上追っても、追い付くことは難しいだろう。
ましてや、先ほどのような罠があちこちに仕掛けられているのであれば、闇雲に追い掛けるのは危険だ。
そう判断して、クローディアスは襲撃者の二人を深追いすることもせず、部屋の中へと入り直した。
「大丈夫ですか!?」
即座に視線がこちらへ向けられる。
声には焦りと確認の色が混じっていた。
「あぁ、大丈夫」
軽く手を振りながら答える。
「ティアが守ってくれたから、掠り傷も無いよ」
そう言いながら前に立つティアを見る。
当の本人は、少女に言われた言葉がよほどショックだったのか。
「生臭……。生臭いって言われた……」
小さい声で同じ言葉を、信じられないといった様子で繰り返し呟いていた。




