黒い招待状
セレナが「こほん」とひとつ咳払いをする。
ノクスもその意図を察したのか、机に突っ伏したままおとなしくなる。
もっとも、時折「みんなしてひどくない……?」だの「流石に傷付く……」だのぶつぶつと小さく呟いていたが。
セレナはそれを聞き流して、フーシャへと向き直った。
「それで。フーシャはなにをしに来たんですか?用事も無しにあなたは動かないでしょう?」
その問いに、フーシャはすぐに答えなかった。
代わりに、自身が纏う白いローブの袖の中へと手を差し入れる。
何かを探るような仕草の後、ゆっくりと引き抜かれたのは一通の封筒だった。
「アルビオンにこの手紙が届いた。宛先はそこの金髪だ」
言いながら、フーシャは封筒をこちらに向かって差し出した。
まさか俺宛てとは思いもよらず、自分自信を指差しながら
「俺に?」
と、聞き返してしまった。
フーシャが小さく頷く。
戸惑いながらも、恐る恐る封筒を受け取る。
黒い封筒。
封を閉じるために押された赤黒い封蝋。
その封蝋に刻まれているのは、フィニス家の家紋だった。
ふと、その封筒の違和感に気付いた。
封筒は既に開封されている。
封蝋は一度剥がされており、中身を取り出した痕跡が残っていた。
こちらがそれを指摘するよりも先に、フーシャが口を開いた。
「悪いけど、先に私と、アルビオンの当主である私の契約者、次期当主様とで、中身は改めさせてもらった」
必要だからやったと。
ただ淡々とした口調で伝えられる。
「相手も相手。おまえに届く理由も不可解。おまえをうちで保護している事実が何故フィニスに漏洩しているのか不明だったからな」
「いや、いいよ。俺も心当たり無くて困惑してる」
フーシャの言葉に首を左右に振った。
本来ならば、本人が確認するよりも先に別の人間が確認するなんて、あってはならない。
だからこそ封蝋を押し、中身を勝手に見られないようにする。
普通ならば、勝手に開封されたと知れば気分を害していたかもしれない。
だが、今回ばかりは話が違う。
この手紙を送ってきた相手。
そして、自分の置かれている状況。
その二つを考えると、そんな常識は通用しない。
むしろ先に確認してくれて助かったとさえ思った。
フィニス家。
4大公爵家の一角。
だが、その中でも特に異質な一族として知られている家だ。
俺の実家であるカーディナ。
そして、この屋敷の主であるアルビオン。
どちらとも決して良好な関係とは言えない。
不吉の象徴。
なにを考えているのかすらわからない気味の悪い公爵家。
(そんな家が、何故、俺に手紙を?)
今は呪華と契約している関係上、誰にも居場所を知らせていない筈だ。
人ならざる者。
異形の存在。
呪われた怪物。
そんな存在と契約してしまったなんて知られるわけにはいかなくて、家からも逃げ隠れする生活をしているのだから。
誘拐なんて強引な手段を取られたとはいえ、今こうして保護してくれているアルビオン以外には、自分の居場所を伝えた覚えはなかった。
それなのに今、こうしてアルビオンに手紙が届いている。
そのことが気味悪くて、眉を顰めた。
封筒の中身を取り出す。
封筒と同じ、黒の便箋。
白いインクで文字が書かれていた。
やがて、俺が最後まで読み終えた頃を見計らって、セレナが口を開いた。
「中身はなんと?」
手紙から顔を上げると、全員の視線がこちらに集まっていた。
「招待状っぽい。ソリトゥスに来いってさ」
その言葉に、ティアが目をぱちくりと瞬きした。
「その街ってあの黒いコートの男の人が言ってた街?」
「あぁ……。その筈」
頷きながら記憶を辿る。
ティアと一緒に堕とされた夢の中。
黒いコートを纏った朱殷色の髪の呪華の少年。
別れ際、彼は確かに言っていた。
『そうだ。行き先が決まっていないのなら、ソリトゥスに向かうといい。きっと、君たちの知りたい情報が得られるよ』
あの時は、彼がなにを言いたいのかよく理解できていなかった。
そもそも、それどころではなかったのだから。
崩れ行く空間の中、一刻も早く脱出しなければいけなかった。
それに、ティアの調子も思わしくなかった。
だからこそ、あの男の言葉を深く考える余裕など無かったのだ。
思い返してみても分からないことだらけだった。
相手の正体は不明。
名前も知らない。
何者なのかも。
何が目的なのかも。
相手が呪華ということ以外、なにも分かっていない。
ただ、やけにこちらの事情を知っているような口振りをしていたのが気に掛かっていた。
俺たちを前にしても、観察するような目を向けるのみ。
こちらから攻撃を仕掛けても反撃どころか、武器すら構えない。
顔色ひとつ変えること無い。
敵意すらも感じられなかった。
妨害するどころか、こうして俺たちを手助けするような、どこかに導こうとしている行動が気持ち悪いとすら思えた。
「あいつ……。フィニスの関係者だったってことか……?」
ぽつりと漏らした言葉に、クローディアスが静かに頷く。
「可能性は高いかと。結局あの男が何者なのか、どこのまわし者なのかすらわかっていませんし」
「だよな……」
「ここまでされてさぁ、関係ありませんとかだったら、そっちの方がびっくりだよねぇ」
くすくすと笑いながら、ノクスが言葉を続ける。
少し前まで机に突っ伏して拗ねていた人物と同一人物とは思えないほど機嫌が良さそうだった。
いや。
正確には違う。
笑ってはいる。
だが、その目だけは笑っていなかった。
頬杖をつきながら、細められた金の瞳がこちらを見ていた。
そして目の前に置かれていたティーカップへと視線が移される。
「カーディナ邸で禁書庫漁ってたら見つかりました」
クローディアスが淹れた紅茶の中に、角砂糖をひとつ落とす。
小さな音を立てて沈んでいく。
「能力使われて夢の中へ引きずり堕とされました」
ふたつ目。
「それなのに、何故か助けに来ました」
みっつ目。
次々と入れられる砂糖に、「お、おい……。そんなに入れたら……」とクローディアスが戸惑いの声を漏らす。
そんなことも聞こえていないのか。
それとも聞こえている上で無視しているのか。
ノクスはそのまま続ける。
「その上で次の目的地に良さげな場所まで提示してくれました」
よっつ目。
「そして極め付けに――」
いつつ目。
ノクスは黒い封筒へ視線を向ける。
「フィニスからの招待状っと」
ぽちゃん、と最後の角砂糖が沈んだ。
紅茶の表面には溶け切らないまま、角砂糖が浮いていた。
そこでようやくノクスは手を止め、今度はティースプーンを持ち上げる。
「見事に手のひらの上で踊らされてるみたいで」
言いながら。
ぐしゃり、と。
乱暴に角砂糖の山を押し潰した。
「気持ち悪いね」
と。
乱暴に吐き捨てた。
その言葉に、部屋が静まり返った。
誰も反論しない。
この場にいる全員が、同じことを感じていたからだ。
その沈黙を破ったのは、セレナだった。
「ですが、だからといって無視することもできません。向こうが何を考えているにせよ、私たちには情報が足りません。露ほどの手掛かりでも、飛びつく他無いでしょう」
「罠かもしれないよ?」
ノクスが紅茶を一口飲みながら言う。
直後、顔を顰めた。
流石に砂糖を入れ過ぎたらしい。
「甘っ……」
セレナが冷ややかな視線を向ける。
「自業自得でしょう」
苛立つあまり、考え無しに入れたのだろう。
流石に角砂糖をあれだけ入れれば当然だ。
「ともかく、入れない場所に入れてくれると言うのなら受ける他無いでしょう。フィニスの領地はほとんど余所者を受け入れてくれません。特にソリトゥスはその色が顕著に表れています。許可無き者は何があろうと進入も許さない。閉鎖的な街ですもの」
「セレナの能力で入り込めないのか?」
夜限定とはなるが、セレナの空間移動の能力を使えば、街の中に直接飛ぶこともできるのではないかと考えた。
けれど、セレナは首を横に振った。
「出来はしますけど、安全性が保証できません。一切知らない場所に空間を繋げるのは危険過ぎます。変な場所に飛ばしてしまう可能性がありますので……。それこそ、見つかってはいけない人たちの前に飛ばしてしまうかもしれませんもの」
それは困る。
これまで致命的な危険が及ばないようにと、アステルが様々な手配してくれていた。
次の行き先。
移動手段。
その場所でなにをすべきか。
俺たちが少しでも安全に動けるよう準備してくれている。
それなのに、無謀な方法でその気遣いも労力も水の泡にするわけにはいかない。
危険を承知で飛び込むのと、考え無しに突っ込むのは別問題だ。
「となると、選択肢はひとつですね……」
クローディアスが呟く。
「招待を受ける?」
俺が確認するように尋ねると、クローディアスは頷いた。
「はい。そうすれば堂々とソリトゥス内に入る理由ができます」
「向こうの思惑に乗ることになるけどねぇ」
ノクスがティーカップを揺らしながら言う。
砂糖を入れ過ぎたとは言え、残すつもりは無いらしい。
顔を顰めつつも、少しずつ口を付けていた。
「ま、仕方ないかぁ。そもそもソリトゥス行くつもりだったんだし、癪だけど、おとなしく転がされるとしますかぁ」
「決まりですね」
セレナが締めくくるように言う。
こちらが決断をくだしたところを確認すると、フーシャが踵を返した。
長居をするつもりはないらしい。
「届け物はした。それじゃ、私は行くよ」
要件は本当にこの封筒を届けに来ただけらしい。
そのまま部屋を出て行こうとするフーシャに、慌てて声を掛けた。
「あ、ありがとうな。わざわざ届けてくれて」
フーシャの足がぴたりと止まる。
だが、振り返ることはなかった。
白いローブの背中をこちらへ向けたまま、
「別に。仕事だから」
と、それだけを返した。




