テッセンの呪華
「あれー?フーシャじゃん。めっずらしー。なんの用意なの〜?」
その髪は、根元に近い白色から毛先へ向かうにつれて毒々しい濃紫へと染まる、不気味なグラデーションになっていた。
肩ほどの長さで無造作に跳ねており、背中まで伸びた後ろ髪だけが太い三つ編みに纏められている。
暗い緑色の瞳はなにを考えているのかすらわからない、無機質な目をしている。
こちらを見ている筈なのに、なにも映していないような空虚さすら感じられた。
中性的な顔立ちも相まって、ひと目では女性なのか男性なのかすら判断がつかない。
フーシャと呼ばれた人物は返事をするでもなく、自分の家であるかのような足取りで、屋敷の中へと足を踏み入れる。
ノクスも警戒する様子はなく、まるで見慣れた知人でも迎えるかのような態度をしていた。
少なくとも侵入者ではないらしい。
だが、こちらとしては相手がどういう人なのか、事情がまったくわからない。
俺は少し身を屈めるとセレナの隣にそっと身を寄せ、小声で尋ねた。
「誰?」
セレナは一度フーシャへ視線を向け、俺の質問に答えた。
「彼女はフーシャ。クレマチス――テッセンの呪華です。アルビオンの所有している呪華のひとりですよ」
「へぇ―……」
紹介を聞いて、改めてフーシャを見た。
そしてすぐ、頭の中に別の疑問が浮かんだ。
「……彼女?」
思わず訊き返してしまった。
白いローブが身体の線を完全に隠しているせいで、体格もわからない。
あまりにも堂々とした立ち振る舞いから、男性とも勘違いしそうになる。
そんな俺の反応を見て、セレナが小さく苦笑した。
「言いたいことはわかります。女性に見えないでしょう?彼女」
「えっと……、まぁ、正直……」
否定することもせず、素直に頷いた。
それと同時に、別の感想も抱いてしまう。
(セレナでも、そんなこと言うんだな)
少し意外だった。
セレナはいつだって冷静だ。
好き嫌いや第一印象で物事を判断するのではなく、事実を整理して、その上で結論を出す。
感情をまったく持たないわけではない。
ただ、自分の感想よりも事実を優先して話す人だ。
ノクス相手になると多少その態度も崩れる気はするが、それでも、他の人に対してほとんど変わらない。
だからこそ。
フーシャを見て「女性に見えない」と言い切ったことに、少し驚いてしまった。
どうやら無意識のうちに、そんな考えが顔に出ていたらしい。
セレナがじっとこちらを見つめてくる。
「……なんですか?その顔は」
「いや、なんというか……」
言葉を探していると、セレナは小さくため息を吐いた。
「私だって最初からこんな性格じゃなかったんですよ?」
「え?」
「なにをそんなに驚いているんですか」
「いや、驚かない方が無理だろ」
今のセレナからは、感情に任せて物を言う姿なんて想像もできない。
冷静で、理知的で、常に一歩引いた場所から周囲を見ている。
そんな人物だと思っていた。
すると、俺の考えを見透かしたように、セレナは肩を竦める。
「月下美人はもっと口が悪くて失礼極まりなかった。今と全然違う。私を蹴って、暴れて喚き散らして。口を開けば罵詈雑言。まるで躾のなっていない癇癪持ちのクソガキだ」
唐突に割り込んだ声に、びくりと肩を跳ねさせてしまう。
反射的に振り向くと、そこにフーシャが立っていた。
いつの間にかすぐ後ろまで来ていたらしい。
失礼なことを訊いている自覚があった。
だからこそ、本人には聞こえないようにこっそりとセレナに質問したというのに。
まさか聞こえているとは思わなかった。
「やめてください……。あの時のことは忘れたいのですから……」
セレナが目を伏せながら訴える。
口の端を引き攣らせ、気まずそうに苦笑いを浮かべている。
自分の過去の行いを掘り返されたくない。
そんな感情が隠しきれずに滲み出ているようだった。
その姿を見て、思わず小さく呟いてしまう。
「想像できない……」
セレナはいつだって礼儀正しくて、大人顔負けの綺麗な立ち居振る舞いをする。
感情のままに振る舞う姿なんて、ほとんど見たことがない。
言葉遣いだって常に丁寧で、彼女が口汚く暴言を吐くことすら考えられなかった。
「でしょうね」
セレナは小さく笑う。
「主にフーシャ、ノクス、アステルの三人のせいで自由を奪われて、暇過ぎるあまり。ノクスが持って来た本を読み漁って、礼儀作法、言葉遣い、その他諸々……、頭に叩き込んで矯正しましたよ」
なんでもないことのように語られた言葉に、内心引っ掛かってしまう。
(さらっと言ってるけど、相当ヤバいこと言ってないか?)
暇過ぎると感じるほど、なにも行動を許されない環境。
移動をほぼ制限されて監禁されていたと考えるのが自然だ。
そんなことをされて、
そんなことをした相手と何事も無かったかのように平然と過ごしている姿が異常に思えてしまう。
どうしてそこまで落ち着いていられるのか。
そこまで考えて。
ふと、自嘲気味に笑ってしまう。
(いや……、俺も人のこと言えないか)
監禁こそされていない。
けれど、元々は誘拐されてここにいるのだから、たいして自分も変わらないじゃないか。
「あははは、なっつかし~。そんなこともあったねぇ~。ボクも何度鬱陶しがられて、ロリコン扱いされたか」
すぐ傍の椅子で座っていたノクスが口を挟んだ。
椅子にだらしなく腰掛けていて、両足をテーブルの上で組んでいる。
そのまま椅子を後ろへ傾け、ゆらゆらと危なっかしく揺らしていた。
ロリコンという単語に思わず反応し、全員でノクスをじっと見てしまう。
「やめなぁ?みんなしてそんな顔向けるの。流石のボクも傷付くよ~?」
ふと、袖が引かれる感覚がした。
視線を向けると、ティアが不思議そうな顔を浮かべている。
当然のようにセレナとは反対側に位置する俺の隣で、しゃがみ込んでこちらを見上げていた。
「ねぇ、ロリコンってなぁに?」
その言葉に、言葉を詰まらせてしまう。
どう説明するべきかと、頭を悩ませる。
誤魔化すにしてももう遅い。
ティアの表情は興味津々だと物語っている。
「えーっと……」
助け舟を求めるように、セレナを見る。
だが、彼女はこちらの視線に気付くと、困ったような表情を浮かべて視線を逸らしてしまった。
元凶であるノクスは楽しそうに眺めているだけ。
誰の所為でこうなっているのかと腹立たしさすら込み上げてきた。
そんな中、少し離れた場所で紅茶を用意していたクローディアスが静かに口を開いた。
「これは……、説明に困るものですね……」
不意に、フーシャが何の躊躇もなく、ノクスの肩にぽんと手を置いた。
「こいつみたいなやつ。月下美人みたいに小さい子が好きな大人」
「ねぇそれやめてー?小さい子なら誰でも良いってわけじゃないんだからね?誤解与えるでしょー?お姫様だけ。お姫様だけが特別なんだってば。ほら、変な言い方するもんだから黒ユリちゃん引いてるじゃん?」
くすくすと笑いながら、いつもと変わらない調子で言い切った直後。
ティアが小首を傾げて、疑問を続けて投げ掛けた。
「ノクス、危ない人?」
「待って待って待って!危なくないから!?これまでずっと一緒にいたじゃんかー!お姫様もなんか言ってよー!?」
さっきまでの余裕はどこへ行ったのか。
ノクスが必死な様子で助けを求めるようにセレナへ視線を向ける。
が、セレナは背中を向けてひと言だけ告げた。
「……黙秘します」
その言葉に、ノクスががくりと肩を落としてしまった。




