継承された力と実験
「黒ユリちゃんいるー?」
ノクスの声が、廊下の向こうから聞こえてきた。
と同時に、返事を待つこともなく、無造作に扉が開けられる。
扉の向こうには、ノクスだけでなく、セレナもクローディアスもいた。
三人の視線がこちらに集中する。
一瞬、沈黙が流れる。
その沈黙を最初に破ったのはノクスだった。
「あ、もしかしてお邪魔だった~?」
袖で口元を隠しているせいで、その表情は読めない。
けれどその袖の下では、絶対嫌な笑みを浮かべているに違いなかった。
「ちょっとお邪魔だった」
ティアがむっと頬を膨らませながら即答する。
「あはは、素直だねぇ」
くすくすとノクスが楽しげに笑った。
そんな彼を横目に、セレナが彼の前に足を踏み出した。
「ごめんなさいティア。せめてノックすれば良かったけれど。この人、そんなことする人じゃないもの」
「ひっどいなぁ」
「事実でしょう?」
そのすぐ後ろで、クローディアスが小さくため息を吐いた。
「一応止めたんですけどね。ティアがその上着を見せに行ったのは分かりきっていましたから」
クローディアスの視線はティアへと向いていた。
彼女が今着けている上着はクローディアスがサイズを調整したばかりのものだ。
元は俺の服で、それをティアの体格に合わせて仕立て直した一着。
だからこそ、彼女がなにをしにこの部屋に来ていたのか察しがついていたのだろう。
「それで用事ってなに?」
ティアが首を傾げて、ノクスたちに問い掛けた。
「いやちょっとねぇ、前に聖女サマの武器を黒ユリちゃんが使ってたって黒犬くんと真面目くんに聞いてさぁ。どこまで使えるのかなって気になっただけなんだよねぇ」
「武器って、これのこと?」
ティアが手を前に差し出す。
すると、黒い蔓が絡み付くように弓の形を形成し、彼女の手のひらに収まった。
先端に黒ユリが咲いた、ハープ付きの弓。
「どうやら、本当のことみたいですね」
「だねぇ」
その武器を目にして、ノクスとセレナが目を細める。
「そのうえでさ、ただ武器だけが使えるようになったのか。それとも彼女の能力も全部引き継いでるのか。把握しておきたいよねぇ」
途端に、気が乗らなさそうにティアの表情が曇った。
「あの人の能力、使えると思うけど。嫌。やりたくない。誰かに、私のこと好きになってもらうってことでしょ?そんなのやだ」
きっぱりとした拒絶。
だけど断られることすら想定内だったのか。
ノクスは表情ひとつ変えることも無く続けた。
「だったらお坊ちゃん相手にするってのはどーお?」
「は?俺?」
思わず間抜けな声が出た。
自分自身を人差し指で差しながら確認をする。
隣ではどういうことかと言いたげに、ティアが首を傾げていた。
「そそ。他の人は嫌なんでしょ~?だったらお坊ちゃんが最適かなって」
「ノクス!おまえ何を考えて!!」
途端にクローディアスが声を荒げた。
今にもノクスの胸ぐらを掴みかかりそうな勢いで、ノクスへと詰め寄る。
ノクスはそれすら楽しむように肩を竦めてみせた。
「だってこれが一番手っ取り早いでしょー?」
「手っ取り早いとかそういう問題じゃないだろう!?」
「他で試すのも嫌。こっちはどこまでが事実か判断できない。だったら黒ユリちゃんが好意を一番寄せてるお坊ちゃんに実験体になってもらった方が早いでしょ?」
「言い方ってものがあるでしょう……」
セレナが目を伏せながら呟く。
だがそれすら意に介さず、相変わらずの調子でノクスは続ける。
「事実でしょ~?どんなに言葉を取り繕っても変わりない。やろうとしてることは一緒だ」
軽く笑いながら、さらりと言い切った。
「大丈夫大丈夫。ヤバそうになったらボクが止めるからさ」
なおも納得できないと言いたげに、ティアは俯いてしまった。
彼女の気持ちも分かる。
本人の意思なんて関係無い。
行動どころか、相手の感情すらも捻じ曲げ、強制する能力。
そんなものを使うことも、使われることも、気分のいい話ではない。
無理やりなんて嫌だ、と。
そう感じているのだろう。
一方で、ノクスの言い分も理解できてしまう自分がいた。
だからこそ、俺はそっとティアの頭に手を乗せた。
ふわりとした白い髪の感触。
ティアがびくりと小さく肩を揺らし、顔を上げる。
少しだけ泣きそうで、不安を隠しきれていない顔をしていた。
「俺は平気だから」
「でも……」
ティアはまだ納得しきれないまま、小さく声を漏らす。
白い髪の隙間から覗く紅い瞳が、揺れていた。
俺はそのまま、頭に乗せた手で彼女の頭を撫でた。
「ティアは俺が嫌なことはしないだろ?だから大丈夫。ティアを信じてるからさ」
「……レインが言うなら」
意を決したように、ティアが小さく頷いた。




