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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第四章
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黒い上着

ぱたぱたぱた、と。


軽やかな足音が廊下の向こうから近付いてくる。

聞き覚えのある騒がしさに、俺は読んでいた本から視線を上げた。


次の瞬間。

バンッと大きな音を響かせて、勢い良く扉が開け放たれる。


「レイン!」


白い髪を揺らしながら飛び込んできたティアが、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべていた。


「見て見て!クローディアスに直してもらった!」


そう言って、彼女はくるりとその場で一回転する。

ふわりと黒い裾が揺れ、長い白髪が追従した。


両腕を大きく広げて見せびらかしているのは、いつもの黒を基調とした服の上から羽織った黒い上着だった。


元々は男物の上着。

俺が着ていたもののひとつを、クローディアスがティアの体格に合わせて仕立て直したものだ。


装飾らしい装飾も無い。

色味も形も落ち着いていて、どちらかと言えば地味な部類だろう。


けれど、不思議とティアにはよく似合っていた。

元々彼女が身に着けていた柔らかな生地を引き締めるように、黒い上着が彼女の細い輪郭を際立たせていた。


普段より大人びて見えるはずなのに。


「どう!?変じゃない!?」


当の本人は、褒められるのを待つ子供のように目を輝かせながら、こちらへ駆け寄ってくる。

そのまま勢いよく身を乗り出したティアが、期待に満ちた視線で俺を覗き込んだ。


「別に、変じゃない」


「ほんと?」


「あぁ」


一度、改めてティアを見る。


黒い上着。

揺れる白髪。

嬉しさを隠しきれていない表情。


自然と、小さく笑みが零れた。


「似合ってる」


その言葉を聞いた瞬間、ティアが照れたように微笑んだ。


「……っ、えへへ」


嬉しそうに笑いながら、彼女は袖口をぎゅっと握り締める。

それから少しだけ頬を赤く染め、隠すように両手で口元を覆った。

けれど隠しきれていない笑みが、指の隙間から見えている。


「あとね」


「?」


「レインの匂いする」


くすくすと楽しそうに笑いながら、ティアは袖に顔を埋める。

そのまま満足そうに目を細める姿は、まるでお気に入りを見つけたネコのようだった。


「それ、元々俺の服だからな」


「ふふっ。知ってる」


ティアは嬉しそうに袖へ頬を寄せる。

黒い布を抱き締めるその姿は、本当に大切なものを扱っているようで、少し気恥ずかしかった。


「なんかね、これ着てるとね、レインに包まれてるみたい」


「大袈裟だろ」


「大袈裟じゃないもん」


むぅ、と少しだけ頬を膨らませたあと、ティアはすぐにまた笑った。


そのまま軽い足取りで俺の隣へ回り込み、俺の肩にもたれかかる。

ふわりと白い髪が肩に触れた。


ティアはそのまま俺が開いていた本へ顔を寄せた。


「何読んでたの?」


「んー、貴族名簿。アステルから借りたんだよ」


「めい……?なにそれ……?」


聞き慣れない言葉だったのか、ティアは不思議そうに首を傾げた。


「簡単に言えば、貴族の情報をまとめた本かな。家名とか、血縁とか、領地とか」


「へぇ……」


紅色の瞳が本の文字を追う。

だが数秒もしないうちに、露骨につまらなそうな表情を浮かべた。


「文字ばっかり……」


「そりゃ名簿だからな」


分厚い本のページには細かな文字がびっしりと並んでいる。

名前や家系図、所属領地に紋章。

とても面白いとは思えない情報ばかりが淡々と記されていた。


「なんでそんなの読んでるの?」


「少し気になることがあってな」


「気になること?」


「あぁ」


そう答えながら、俺は視線を手元のページへ落とした。


脳裏に浮かぶのは、朱殷(しゅあん)色の少年に堕とされた夢の中の光景。

その空間の中で俺たちを襲ってきた少女。


黒く長い髪。

壊れた人形みたいな笑い方。


幼い姿だった時は、淡い水色の瞳をしていたはずなのに。

成長した姿の彼女は、血を溶かしたような紅い瞳をしていた。


紋様こそ浮かんでいなかったが、あれはまるで。

ティアと同じだ。


巨大で禍々しい鎌。

鋭い刃のような殺気。


そして何より、こちらへ向けられていた、ぞっとするほど冷たい視線。


思い出すだけで、背筋に悪寒が走る。


あの朱殷(しゅあん)色の少年は、確かにその少女のことを“リリィ”と呼んでいた。


その名前が、ずっと頭の奥に引っ掛かっている。


どこかでその名前を見たような気がしたのだ。

だが、肝心の場所が思い出せない。

だからこうして、貴族名簿を片っ端から確認していた。


ページを捲る度に、乾いた紙の音が静かな室内に響く。


もしあの光景が、カーディナの屋敷で実際に起きた過去なのだとしたら。

あの少女もまた、カーディナ家と何らかの関係がある可能性が高い。


そう考えて、俺はカーディナの血筋が記されたページに視線を落とした。

整然と並ぶ名前を指先でなぞっていく。


ふと、頬にティアの指先が当てられた。

ひんやりとした感触に、意識が引き戻される。


顔を上げると、すぐ近くでティアがこちらを覗き込んでいた。


「どうした?」


「んー……」


問い掛けても、なにも答えない。

代わりに、彼女は俺の頬をむにむにと何度も指先で押していた。

柔らかな感触が、遠慮無くぐいぐいと押し付けられる。


「おい」


「むにむに」


「遊ぶな」


「むにー」


全然やめる気が無い。

むしろ楽しそうですらある。


俺がむっとすると、ティアはくすくす笑いながら、もう一度頬をつついた。


「考え込み過ぎてたら、見えるものも見えないよ?」


その言葉に、ほんの少しだけ言葉が詰まる。

確かに、さっきから同じページを何度も行き来していた気がする。


ティアはそんな俺の様子を見透かすように、「ね?」と、もう一度頬を軽くつつく。

今度は先ほどよりも、ずっと優しい力で。


「……それもそうだな」


肩を竦めて笑うと、ティアは満足そうに目を細めた。


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