花弁舞う剣戟
「ッ……!レイン!!」
受け流せないと判断したティアがこちらを振り返った。
こちらが気付くよりも早く、強い力で身体ごと引かれ、持ち上げられる感覚に襲われる。
なにが起きたのか、俺が理解した頃には、少女から大きく距離を空けて、後方へと下がっていた。
直後、風を切る音と壁を切り裂く轟音が響き渡る。
先ほどまで俺たちがいた場所に、ふわりと黒い花弁が舞った。
それと同時に、その横にあった壁が大きく裂ける。
ほんの僅かでもティアの反応が遅れ、助けてもらっていなかったらと考えて。
ゾッと背筋が冷えた。
もしも彼女の反応が遅れていたら、今頃、俺は胴から真っ二つになっていただろう。
背中に添えられていたティアの手が、そっと離れる。
「離れていて」
ティアが立ち上がりながら、双剣を握り直す。
「守って戦う余裕、無いかも」
前を見据えたまま、ティアが呟いた。
普段の彼女なら、どんな状況でも、どこか余裕を感じさせながら戦場を舞う。
何を考えているのか分からない。
本当に危機感を持っているのか疑いたくなるほど、静かな顔で。
目の前に刃が迫った時でさえ、微かに表情を変えるだけ。
焦った声をあげるのはいつだって、俺に危険が及ぶ時ばかりだった。
少しくらいなら俺も戦えることを、ティアは知っている。
だからこそ、今までは背中を預けてくれていた。
守られるだけの存在じゃない。
隣に立つ相手として扱ってくれていた。
それなのに、今はそれすらも許そうとしていない。
背中を任せる余裕すらない。
周囲に意識を割く余地すら無いのだろう。
それほどまでに、目の前の少女を危険視している。
胸の奥に、歯痒さを感じてしまう。
自分の力不足を突きつけられているようで、
思わず奥歯を噛み締めかけた、その時。
俺の感情を見透かしたかのように、ティアが言葉を続けた。
「でも、命令する時は遠慮しないで。全部、私だけで対応出来るかも自信無いから、レインがカバーしてくれると助かる」
その言葉に、一瞬思考が止まった。
ティアは確かに俺を守ろうとしている。
けれど最初から、彼女は一人で戦うつもりではなかった。
背中を預ける余裕は無くても、俺を戦えない存在として切り捨てたわけじゃない。
むしろ逆だ。
余裕が無いからこそ、支えてほしいと口にしていた。
その言葉が、沈みかけていた気持ちを軽くした。
「わかった」
短く返しながら、力強く頷く。
それを見て、ティアは満足そうに笑みを浮かべた。
ティアが地面を蹴った。
同時に、ティアの両手から白と黒の花弁が弾けるように舞い上がる。
少女の一閃を避ける為に一度手放した双剣を、改めて形成し直した。
白銀と黒紫の剣。
対になる二振りの刃が、ティアの両手に握り締められた。
真っ直ぐに向かってくるティアを迎え撃つように、少女が大鎌を振り下ろす。
キィィンッ!!
耳を裂くような甲高い衝突音が、廊下全体に響き渡った。
振り下ろされた漆黒の刃を、ティアが双剣を交差させながら真正面から受け止める。
火花の代わりに、白と黒の花弁が衝撃に合わせて散った。
途端に、少女が奥歯をぎりっと噛みしめた。
少女の紅い瞳に滲んでいた憎悪の色が深みを増す。
ティアと同じ、鮮血を思わせる紅の視線がぶつかり合う。
『どうして足掻くの!』
押し込むように鎌に力を込めながら、少女が叫んだ。
『抵抗しないでよ!私にだけ!私にだけいっぱい酷いことして!』
悲痛に震える声。
怒りや恨み、思い通りにならない苛立ち。
様々な負の感情をごちゃ混ぜにしながら吐き出している。
ティアは歯を食いしばりながら、その大鎌を押し返した。
「あなたが、なにを言ってるのか!全っ然わかんない……ッ!」
「なにがあったかなんて知らない!嫌なこと、怖いこと、いっぱい味合わされたのかもしれない!でも、だからといって、殺すにしても、あなたをひどい目にあわせた人たちだけで良かった筈……!こんな、子どもみたいに駄々をこねて、癇癪起こして!どんなに理不尽な目にあったとしても、それでみんなを殺して良い理由になんてならないでしょう!?」
激しい剣戟を繰り広げながら、ティアが叫んだ。
刃と刃がぶつかるたびに火花が散る。
そのたびに、甲高い衝突音が廊下中に反響していた。
振り抜かれる大鎌は一閃一閃がどれも重い。
ティアはそれを双剣で受け流し、紙一重で軌道を逸らし続けていた。
彼女が捌ききれず、動きが遅れた攻撃は俺が対処する。
声に出す時間さえ惜しくて、ただ意識するだけ。
自分の首筋を手で押さえながら、ひたすら命令をくだす。
俺が心の中で命令するたび、ティアの身体を大鎌が切り裂いても、黒い花弁が散るだけだった。
肉を断つ感覚が少女に伝わる代わりに、花弁だけが舞い上がる。
その次の瞬間には、ティアは違う方向から少女に切り掛かっていた。
『どの立場で……、そんな口を……ッ!!』
少女の顔が苦痛に歪む。
まるで耳障りな言葉を無理矢理聞かされたかのように、紅い瞳が激情に揺れ、目の前のティアを鋭く睨み付けた。
『わからないならわからないまま!理解なんてしないでいい!気持ち悪い!私のことを理解しないで!私の邪魔しないで!ただ、おとなしく死んでよ!』
不意に、ドレスに隠されていた片足が持ち上げられた。
布に隠れて見えなかった足が露わになる。
靴など履いておらず、剥き出しの足先は血に濡れ、赤黒く染まっていた。
ティアの横腹を目掛けて蹴りを入れようと、膝蹴りが繰り出される。
反射的にティアが身体を横に逸らし、その蹴りを躱した。
だが、まるでその動きすら予想していたかのように、少女は大鎌の柄の根元を床に叩き付けた。
そのまま柄を支点にして身体を捻り、勢いよく回転する。
壁を蹴り、スカートを翻しながら跳び上がると、上空から大鎌を勢い良く振り下ろした。
同時に、大鎌の柄に絡み付いていた鎖がほどける。
漆黒の刃と、鎖。
二つがティアに迫り掛かった。




