愛されない人形
「入れ、物……?何を言って……」
言い掛けて、途中で言葉が途切れてしまう。
カーディナの屋敷の禁書庫で見付けた1枚の紙が、不意に脳裏を掠めた。
赤文字で書かれていた“器候補”という文字。
『愛されない哀れな人形!愛されたくとも必要とすらされない!無意味で無価値な人形!それがあなた。レイン・ニグラ・リリウム・カーディーー』
「うるさいっ!!!」
少女の声を、叫ぶような声が遮った。
直前まで、俺のすぐ後ろで震えていたはずのティア。
何も聞きたくないと身を縮め、ただ袖を掴んでいた彼女が、
俺の目の前へと飛び出していた。
泣き腫らした顔のまま。
目元に涙を溢れさせたまま。
両手に双剣を握り締め、低く踏み込み、少女の胴体を切り裂いていた。
切り裂かれた瞬間、少女は心底驚いた表情を浮かべる。
すぐにふわりと、笑みを浮かべる。
先ほどまでの歪んだ嘲笑ではない。
どこか静かで、優しくさえ見える柔らかな笑み。
『……予言するわ。あなたはまた、同じことを繰り返す。大事な人をたくさん傷付けて不幸にさせる』
少女はゆっくりと、言葉を続ける。
『ふふふ。せいぜい足掻いて悩んで、自らの罪に苦しみなさい』
言い切ると同時に、少女の姿が塵となって崩れていく。
血も流さず、肉片すらも残さず。
その顔には笑みを浮かべたまま。
最初から何も無かったかのように、消えていってしまった。
「レイン……!大丈夫!?」
少女が消え去った直後、ティアが弾かれたようにこちらへと振り返った。
先ほどまで張り詰めていた殺気はもうどこにも残っていない。
代わりにそこにあったのは、ただこちらを心配する表情だけだった。
両手に握られていた双剣が、淡い光を帯びる。
刃は形を保てなくなったように崩れていった。
白と黒の花弁。
それぞれの刃と同じ色をした花弁が、ふわりと散っていった。
「怪我してない!?どこか痛いところある!?」
返事を待つよりも先に、ティアが俺の身体へ手を伸ばしてきた。
肩に触れ、腕を掴み、胸元へと移っていく。
本当に無事なのか、自分の手で確かめなければ安心できないと、身体のあちこちを触れていた。
ついさっきまで、自分自身のことで涙を流していた筈なのに。
今はそんなことよりもこちらの方が大事だと言わんばかりに、俺のことを気にしている。
「あ……、あぁ……。俺は大丈夫」
ティアの頬にそっと触れながら、どうにか声を返した。
「けど、おまえこそもう大丈夫なのか!?」
「大、丈夫……、たぶん……。きっと……」
返ってきた声は弱々しく、どこか頼りない。
自分で口にしながらも、本当に大丈夫なのかと、自分の言葉に自信が無さげだった。
「でも、早くここから出たい。頭、痛い……。ここにいると、なにも考えたくなくなってくの……」
ティアは苦しそうに眉を寄せ、弱々しく訴えた。
そのまま俺の胸元に額を預けてくる。
無意識なのか、ティアは俺の服をぎゅっと掴んでいた。
「……分かった。早くここを出よう」
そう答えながら、そっとティアの背へ手を回す。
彼女の肩から、ほんの少しだけ力が抜けた気がした。
そんな、静かな時間が流れ掛けたその時。
突如、地面が大きく跳ねるように揺れた。
あまりにも大きな揺れに、足元が浮き上がったような錯覚にさえ襲われる。
「っ――!?」
ティアが反射的に強くしがみついてきた。
胸元を掴む指先に、一気に力が込められる。
「ティア……!」
俺はすぐに彼女の肩へ回していた腕に力を込め直す。
倒れてしまわないように。
離れてしまわないように。
次の瞬間――
パリンッ!!
まるで硝子が砕け散るような、甲高い音が響き渡った。
視界の端から亀裂が走る。
空や壁、そして地面にまで。
この空間そのものが耐え切れず、崩れ始めるように。
「なに……!?なにが起きてるの?」
周囲に視線を巡らせながら、ティアが切迫した声を上げる。
なにが起きているかなんて、分かる筈もない。
それでも、ここが安全な場所で無くなっていることだけは、嫌でも理解出来てしまう。
このまま空間が完全に裂けてしまえば、どうなる。
巻き込まれた先に何が待っているのかすら、想像出来ない。
もしかしたら元居た場所へと戻れるのかもしれない。
目が覚める前の、俺たちの居場所へ。
ノクスやセレナ、アステル。
そして、クローディアスがいる屋敷へと。
だけど、帰れるという保証も確信も無い。
そんな状態で身を任せるのは、あまりにも危険すぎる。
「ここを離れるぞ!」
言い切ると同時に、ティアの手を強く引いた。
「うん……!」
ティアが力強く頷く。
揺れの収まる気配の無い庭園の中、来た道を戻るように駆け出した。




