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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
11/24

扉なんていらない

俺とクローディアスを襲った、白い長髪の女。


その女が今、目の前にいる。


白い髪がほどけるように肩から流れ落ちている。

乱れはない。

呼吸も、黒を基調とした衣服も、戦闘の直後とは思えないほど整っている。


背筋は真っ直ぐに伸び、細い指が膝の上で静かに重ねられていた。


まるで最初からここにいたかのような、自然な振る舞いだ。


――おかしい。


ここには、俺以外いなかったはずだ。


窓は開かない。

隠し通路の類も見当たらない。

唯一の出入口である扉は、さっきまで施錠されていた。


気付かれずに俺の背後へ回るなんて、不可能だ。


それなのに、当たり前のようにそこにいるのだ。


「……いったいいつから、そこにいた」


自然と声が低くなる。


少なくとも、あの場で殺すつもりがなかったのは分かっている。

だが、目的は不明のままだ。


あの時手にしていた二振りの短剣は、どこにも見当たらない。


「さっきから」


女は、あっさりと答えた。


「……さっきって、いつだ」

「あなたがそれを開ける前」

「……は?」


思わず間の抜けた声が出た。

理解が追いつかない。


「いやいやいや、ここは鍵が閉まってたし。いや、俺が開けちまったけどさ。他に入り口なんか見当たらないぞ?それとも俺が見付けられていないだけで他に通路があるのか?」


困惑のあまり、捲し立てるように問いを投げ掛けてしまった。

それを聞いて、まるで何を言われているのか分からないとでも言うように、きょとんと不思議そうな表情を浮かべ、女は首を傾げる。


「あなたが私の近くにいれば、私はあなたの近くに行けるの」

「……はぁ?」


意味が分からず「はぁ?」と訝しげに女を見た。

何を言っているのかまるで理解が出来ない。


その時。


ぎし、と軋んだ音を響かせて、ベッドから女が立ち上がった。

乱れのない白い髪がさらりと揺れる。


一歩、また一歩、とゆっくりと距離を詰めて来る。


「な、なんだよ」


反射的に後退り、距離を取ろうとした。

しかしすぐに背中にトン、と硬い感触が伝わる。

閉まったままの扉だ。

これ以上は下がれない。


「何かあるなら言えよ……!」


思わず語気が強くなる。

逃げ場を塞がれた感覚に、心臓が嫌に早く打つ。


女は止まることなく、まっすぐにこちらへ歩いてくる。


焦りのあまり、語気が強くなってしまう。

まるで追い詰められた獲物のようだ。


目の前の女は歩みを止めない。

ゆっくりと真っ直ぐに歩みを進めてきた。


緊張で息を詰まる。

視線が外せない。


目の前まで来て、ようやく女は足を止めた。

あまりにも近い距離に顔を寄せられ、花のような香りが鼻を擽る。


女の手が伸ばされ、首筋へと触れられる。 思わず息を吞む。

その指先が——首筋に触れた。


「……っ」


細い指先が首筋をなぞるように這い、ぞわりと肌が粟立つ。


「なにを……」


言葉が途切れる。

女は答える。


「これは、あなたが契約者(マスター)の証」


「え……?」


「これがあるから、傍に来れる」


「なに言って……」


恐らくは説明しているつもりなのだろう。

が、あまりにも要領を得ない。

断片的に話されても、理解が追い付かない。


そこに刻まれているだろう紋様の線を確かめるように、続けて指を動かされ、思わず声が漏れる。


「っ……」


思わず声が漏れる。


触れられているだけのはずなのに、妙に意識が引き寄せられる。

どこまで続くのか分からないその行為に、いつまでそうしているつもりなのかと戸惑いが募り。


不意に、背中の支えが消えた。


何が起きたのかと、短く「え」と声が出る。




 


「レイン様っ!!」


聞き慣れた声が、鋭く響いた。

同時に、バンッ、と大きな音を立てながら扉が勢いよく開かれた。


支えを失った身体が、そのまま後ろへ倒れ込む。


「いっ……た……!」


受け身も取れないままに床に叩きつけられ、背中に鈍い痛みが走り、思わず顔をしかめた。


「レイン様、大丈夫ですか!?」


慌てて駆け寄ってくるクローディアス。

その声を聞いた瞬間、原因を察してしまった。


「いや……お前のせいで背中打ったんだけど……」


痛みに顔を歪めたまま、恨み言が漏れる。


「え、あ……す、すみません……!」


珍しく慌てた様子で謝られた。

その反応が、どこか懐かしくて。


思わず、口元がわずかに緩んだ。

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