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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第一章
10/23

閉ざされた部屋

静かすぎる。


人の気配も、物音も、外からの野生の動物の鳴き声すら感じられない。

まるでこの部屋だけが世界から切り離されてしまったかのような、不自然なほどの静寂が包み込んでいる。


「ここまで静かだと、逆に落ち着かないな」


ぽつりと呟き、レインはゆっくりと周囲を観察した。


寝かされていた寝台は柔らかく、未だに体を包み込むような感触が残っている。

使われている布地も上質で、手入れが行き届いているのが一目で分かった。


室内も同様だ。


簡素ではあるが整っていて、埃一つない。

広さこそは無いものの、壁紙や床の作り、ひとつひとつの家具は上質で何処かの屋敷の一室のようにも見える。


必要最低限の家具が過不足なく配置されており、テーブルの上には水と少しばかりの果物。

どこか“客を迎えるための部屋”のような印象すら受ける。


それが、逆に引っかかった。


(俺はあいつらに誘拐された……、筈だよな?)


最後の記憶は曖昧だ。


誰かの気配。

視界が揺らいだ感覚。

そして、そのまま途切れた意識。


目を覚ました時には、既にここで寝かされていた。


手枷も足枷もなにひとつの拘束具も無い。

新たに与えられた痛みも無い。

それどころか丁寧に掛け布団を掛けられていたのだ。


格好も誘拐される前と同様に、堅苦しく似合わない礼装のまま。

ボロ服に着替えさせられていても不思議では無いと思う状況なのだが。


奇妙なくらいに丁寧な扱いだ。


「いったいどういうつもりだよ」


小さく吐き出した言葉は、誰に届くことも無く、あっさりと静寂に飲み込まれた。

答えが返るはずもない。


レインは息を吐き、寝台から足を下ろす。

床に触れた足裏の感触はしっかりとしていて、身体に不調は感じられない。

ふらつきもない。

意識を飛ばす前の苦痛も噓のようだ。


両手を見つめ、握りしめて開いてと数度繰り返して感覚を確認する。


「……うん、動けるな」


それだけ確認すると、立ち上がった。


ここでおとなしく待っていれば、自分を誘拐した奴らの誰かが訪れるだろう。

だがしかし、おとなしく待つ理由も無い。

相手が何を考えていようと、こちらが大人しく従う義理もない。


「さて、と……」


軽く肩を回しながら、もう一度部屋の中を見渡す。


まずは窓。


外の様子を確認出来れば、状況の把握も少しは進む。

あわよくばここから出ることも叶うかもしれない。


そう考えて窓辺に近付き、何気ない動作で手をかける。


だが――。


「……は?」


動かない。


押しても、引いても、びくともしない。


鍵がかかっている、というよりは、最初から開閉を想定していないかのような固定の仕方だった。

そもそも鍵も見当たらない。

ただ窓枠とガラスを嵌め込んでいるだけの奇妙な窓の作りだ。


「……これ、窓っていうかただの飾りだろ」


思わず苦笑が漏れる。

これじゃあ外の様子を確認することはできても、そこから先へ出ることは出来ないじゃないか。

脱出経路としての機能は、最初から切り捨てられている。


「流石に対策されてるか」


軽く舌打ちし、窓から離れる。


今度は壁に手をつき、継ぎ目をなぞる。

床にも視線を落とし、踏みしめて足裏の感覚で軋みや違和感が無いか確認する。


だが、脱出に使えそうなそれらしい箇所は何一つ見つからない。

隠し通路の類も無し。


「夢もロマンも無いな」


小さく肩を竦め、最後に視線を扉へと向けた。

自然と、足がそちらへ向かう。


取っ手に手を掛けると、ごくりと息を呑む。

そして一拍置いてから、ドアノブを捻った。


当然の如く開かない。


もう一度試してみるも、ガチャガチャと音を立てるのみで開く気配が無い。


「だよなぁ……。はいはい、知ってたよ。誘拐しておいて扉の鍵も空いてます、自由に出歩いてくださいは意味わからんしな。そんなんだったら何がしたいのかってんだ。気味悪ぃってやつだよ」


手を離し、グチグチと独り毒を吐いた。

そして再度部屋を見渡して肩を竦めた。


「……ま、これだけ客人みたいに部屋整えられてるのも充分気味悪ぃけど」


ドアノブへと視線を戻し、視線を鍵穴へと向ける。


「……となると」


ここまで調べて脱出手段が無いのなら普通なら諦めるのだろう。

しかしながらまだ試していない手段がある。

おとなしく待つのも性分じゃない。

それならば、と悪戯を思い付いた子供のように口端を吊り上げた。


「やることは決まってるだろ」



胸元へ手を伸ばし、礼装のブローチを外すと、装飾をくるりと回し、裏側の金具に指をかける。


細く、しなやかな金属。

力加減を間違えれば、すぐに折れてしまいそうなほどに繊細だ。

慎重に力を加え、まっすぐに伸ばし、先端にわずかな角度をつける。


「ふふん。レイン様特製簡易ピックの出来上がりだぜ」


得意げに自分の作品を眺めながら、ひとり呟いた。

それを鍵穴へ差し込むと、内部を探るように、ゆっくりと動かす。


カチ、と微かな手応えが、指先に伝わる。


僅かな引っかかり。

内部構造が、指先の感覚として浮かび上がる。


「懐かしいなこの感覚」




7歳か8歳くらいの時だったか。


屋敷の敷地内にある狭い馬小屋の中に閉じ込められた馬たちを見て、ひどく腹が立った。

ただでさえ狭い厩舎内に、更に個別の部屋を設け狭い空間に閉じ込められて、馬たちが走ることも出来ない窮屈な生活を強要されているように見えて、行動に移した。


「レイン様。やめましょうよこんなこと……」


背後から、呆れを含んだ幼いクローディアスの声が掛かる。

今とは打って変わって、誰かに見つかるのではないかと周囲をしきりに気にして落ち着かない様子だった。

俺は振り返りもせず、手を動かし続ける。


「大丈夫だって!」

「で、でも……“大丈夫”で、済む話じゃないと思います……」


背後から聞こえてくる声は、どこか落ち着かない。

視線があちこちに泳いでいるのが、見なくても分かる。


「見つかったら、その……怒られますし……」


言いながらもどんどんと小さくなる声。

クローディアス自身も分かっているのだろう。

どんなに制止の言葉を掛けても止めきれないことを。


「だってさ、見てみろよ」


顎で軽く示す。


馬小屋の中は整っている。

左右に並ぶ馬房。

仕切りと柵で区切られ、それぞれに一頭ずつ収められている。

藁も新しく、床も掃き清められている。

管理は徹底されている。


その内、一頭が、前脚で床を掻く。

乾いた音が、短く響いた。


別の一頭は柵に顔を寄せ、外の空気を探るように鼻を鳴らす。

ブルル……と低く、短い音が響く。


それが妙に耳に残った。


「たまには外、走らせてやれよって思うだろ」


信じられないと言いたげに、ぽつりと呟く。

そんな主人の言葉を肯定するどころか、クローディアスはぶるぶると首を左右に振って即座に否定した。


「……お、思いません……」

「いや、そこはちょっとは悩めよ」

「だって……、これにはちゃんと理由があると思いますし……」

「だからってこんな狭いところに閉じ込めておくのは可哀想だろ」


ピックをわずかに押し上げて、内部の引っかかりを探る。


「たまには走らせてやらないと、こいつらだってストレス溜まるだろ?」

「そ、それは……そう、かもしれませんけど……」


声が少し弱くなる。

完全には否定できないらしい。


「で、でも……だからって、今ここで……その……勝手に……」


言いたいことは分かるが、うまく形にできていないのがありありと伝わってくる。


「大丈夫だって。誰も見てないし、ちょっとくらいならバレないって」

「そ、そういう問題じゃ……」


戸惑ったような声。

それでも強く否定できないのは、半分くらいは納得してしまっているからだろう。


「そ、れ、に」


くるりと振り返り、悪戯が成功したように口端をあげる。

その手には外れた錠前。


「鍵、開いちまったもんねー」


それを見て「あわわわ……」と一層焦ったような表情を浮かべたクローディアス。

しかしもうやってしまったものは仕方ない。

開錠が成功してしまった以上、ここから鍵を戻して何もしてない風を装い部屋に戻ろうなんて聞く訳が無いと肩を落とした。

そして諦めたように息を吐く。


「もう……、分かりました……。こうなったら、最後までお付き合いします……」


困ったように眉を下げながら、その優しげな目元には笑みが浮かんでいた。





――カチ。


微かな金属音と確かな手応えによって、現実に引き戻された。



「よっし。久し振りだったけど感覚は鈍ってないもんだなっと……」


にっと口元に笑みを浮かべる。

そのまま気を良くしたまま、扉を開けようとドアノブに手をかけた。


「ねぇ、何をしているの?」


不意に背後から声を掛けられてびくりと方が跳ねた。

思わずバッと後ろを振り返る。


そこにはベッドに腰掛ける女の姿があった。

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