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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第三章
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交わした約束

部屋を出て、赤い絨毯の敷かれた廊下へと足を踏み出す。


隣を歩くティアは、先ほどまで着ていた俺の上着を羽織っていない。


あの明らかにサイズの合っていない服のまま歩かせるのは、流石に危な過ぎた。

さっきみたいに裾を踏んで転びかねないと、半ば無理やり回収し、部屋に置いてきたのだ。


もっとも、ティアはかなり不満そうだったが。


「むぅ……」


隣から、あからさまに拗ねた声が聞こえる。


視線を横に向けると、ティアは頬をふくらませたまま、じっとこちらを見上げていた。

歩く足取りはしっかりしているのに、表情だけが露骨に不機嫌だ。


「……そんな顔するなよ」


思わず呟く。

だがその一言が気に入らなかったのか、ティアはさらに頬を膨らませてしまった。


「だって、さっきの服、気に入ってたのに」

「気に入るのはいいけど、歩けないだろあれ」


即答すると、ティアはますます納得いかないように眉を寄せた。


「歩けるもん」

「絶対無理だろ」

「大丈夫だもん」


食い下がるように間髪入れずに言い返してくる。

そのやり取りだけを切り取れば、まるで子どもの言い争いみたいだった。

実際に歩けるかどうかは別として、気持ちで押し切ろうとしているのが分かる。


ため息を吐きかけて、ふと気づく。

この調子だと、どこまでいっても平行線だな、と。


「そんなに気に入ったのか?」


少しだけトーンを変えて訊いてみる。

ティアは間も置かず、即座にこくりと頷いた。


「うん。だってレインの物だもん」


あまりにも迷いのない返答だった。

まるで当然のことを言うみたいに、ティアはにこりと笑う。


「そういう理由で人の服持っていくなよ」

「持っていかないよ? ちょっと借りるだけ」

「返ってくる未来が見えないんだけど」

「ちゃんと返すよ。……たぶん」


最後だけ妙に小さくなった声に、つい肩を竦めてしまった。

自信満々に言い切ったかと思えば、肝心なところで急に弱気になる。

その落差があまりにも分かりやすくて、つい吹き出してしまいそうになってしまう。


隣を見ると、ティアはまだこちらを見上げていた。

言葉では否定しているのに、名残惜しさが隠し切れずに、視線だけはしっかりこちらを追っている。


どうやら本気で気に入っていたらしい。


「帰ったら別の服やるよ。クロに頼めば、サイズくらい直してくれるだろ」


苦笑混じりにそう言うと、ティアの目がぱっと輝いた。


「ほんと!?」

「そんな嬉しそうにすることか……?」

「する!」


食い気味に返される。

ティアは隠しきれない様子で口元を緩めると、そのまま俺の肩にぴたりと寄り添ってきた。


「レインとお揃い。えへへ、楽しみ」


本当に嬉しそうに、歩幅を合わせるみたいに隣を歩きながら、どこか浮かれた様子で小さく鼻歌まで歌っていた。


そうして歩いていると、不意に、ティアが鋭い目付きで、ばっと勢い良く振り返る。

さっきまでの浮かれた空気が一瞬で切り替わった。


「足音がする。それも2人」


短く告げる。

けれども、その声にはわずかに困惑が混じっていた。


「これ……、子供の声……?」


言い終えるのとほぼ同時に、遠くから小さな足音が重なるように響いてくる。


ぱたぱたと軽やかに、騒がしく廊下を走る足音。

遅れて、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


『レイン様!待ってくださいってば!』

『やーだね!勉強なんてやってられるかってのー!』

『まったくもう……!いつもいつもそうやって逃げるんですからー!』


角の向こうから飛び出してきたのは、金色の髪の子供。

その少し後ろを、黒髪の子供が必死に追いかけている。


聞き慣れた声。

覚えのあるやり取り。


「え……」


思わず、声が漏れる。


笑い声と小言が交互に飛び交いながら、こちらへ駆けてくる。

そのままぶつかるかと思いきや、2人は俺たちの身体をすり抜けてしまった。


何の手応えも無く、するりと通り抜け、そのまま廊下の向こうへと走り去っていったのだ。


「今のって、レインとクローディアス……?」


ティアが驚いたように呟く。

その視線は、まだ二人が消えていった廊下の先を追っていた。


「確かに、あれは……、俺とクロだった。小さい頃の俺たちだ……」


記憶としては確かに知っている光景だ。

自分の過去の姿を第三者の視点で再生されるように、目の前で繰り広げられるのは不思議な感覚だ。


ただの思い出にしては、声も動きも生々しすぎる。

廊下を駆ける足音の軽さまで、まだ耳に残っている。


まるで今この屋敷のどこかで、本当にあの頃の俺たちが走っているみたいに。


ティアは少しだけ目を細めて、もう一度廊下の奥を見る。


「このお屋敷。なんか変」


確かに。


ティアがぽつりとこぼした言葉に、内心で同意する。


最初に違和感を覚えたのは、自分の部屋だった。


埃ひとつ積もっていない空間。

ティアたちと行動を共にするようになる前の、あの頃のままの部屋。


もしかしたらクローディアス以外の使用人が、今も変わらず掃除を欠かさなかったのかもしれないとさえ考えた。

けれども、それにしては綺麗過ぎる。


最後に覚えている記憶のまま、すべてが同じというのはおかしい。


決定的だったのは、自分の服に残る匂いだった。


カーディナの屋敷に戻れない状況になってから、既にかなりの時間が経っている筈だ。

にも関わらず、未だ俺の臭いが染み付いたままなんて、そんなことが有り得るのだろうか。

時間が経てば薄れる筈のものが、何ひとつ変わっていない。


そして先ほど出会った、小さい俺とクローディアスの姿。


まるで、記憶の継ぎ接ぎだ。

断片だけを無理やり繋ぎ合わせて、それを無理なく動かしているようなもの。


「てっきり誰かに誘拐でもされたのかと思ったけど。夢ん中……、みたいだな」


ティアが小さく首をかしげる。


「夢……?」


「そんな感じが近い気がする。部屋も、さっきの光景も、昔のまま再生されてるみたいだ」


言いながら、自分でも確信には至っていない。

ただ、他に説明のしようがない。


夢だとしても感覚はあるし、不思議な感覚だ。


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