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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第三章
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楽しそうな部屋漁り

「…………!……レイン……!起きて!レイン!!」


ティアの必死な呼びかけで、ハッと目を覚ます。

視界に飛び込んできたのは、さっきまでの部屋とは違う天井だった。


「……え……?」


困惑のあまり、声が漏れる。


見覚えのない場所ではない。

むしろ、嫌というほど見慣れた天井だった。


濃い赤の壁。

窓際に掛けられた重たいカーテン。

視界の端に映る、使い慣れた机と本棚。


どれも記憶の中にある光景だ。


「ここ……、は……?」


身体を起こして、周囲を見渡しながら呟いた。


「レイン……!」


すぐ横から飛び込んできた声に顔を向けようとして、勢いよく抱きつかれた。


「うわっ!?」


突然の衝撃に身体がぐらりと揺れる。

細い腕がしがみつくように背中へ回され、胸元へ白い髪が押し付けられた。


「よかった……」


安堵したように零された声は、少し震えていた。


不安だったのだろう。

抱きつく腕に、さらに力がこもる。


だけど、俺が目を覚ましたことで、ようやく安心できたらしい。


「起きたら知らない場所にいたの。ここ、何処だろ?」


ティアは顔を上げると、不思議そうにきょろきょろと周囲を見渡した。


(そっか……。俺にとっては見慣れた部屋でも、ティアにとっては知らない場所なのか)


カーディナの屋敷自体は、昨日ティアも来たばかりだ。

部屋の外へ出れば、見覚えのある景色にも当たるだろう。


だが、今ここにいる場所は、カーディナ家にいた頃の俺の私室。

ティアが知っている筈のない場所だった。


「寝てる間に誰かに襲われた感じもしなかったんだけど。いつ連れて来られたんだろ?クローディアスもノクスもセレナもいないし。誰かが侵入したのなら、気付けないなんてこと無いと思うんだけどな」


ティアは真面目な顔で考え込みながら、小さく首を傾げた。


確かに、ティアの言う通りだ。


アステルが管理しているあの屋敷には、セレナもノクスもいる。

部屋こそ離れているとはいえ、俺の従者であり、護衛役も兼ねているクローディアスもいた。

そして何より、同じベッドには、俺の契約相手である呪華のティアがいたのだ。


あの面子が揃っていて、誰にも気付かれず俺たちを連れ出す。

そんな芸当、簡単に出来るとは思えない。


仮に侵入者がいたとしても、ノクスが気配に気付かないはずがないし、セレナだって即座に動くだろう。

クローディアスに至っては、俺に危険が及ぶ可能性がある時点で黙って見逃すとは思えなかった。


(なら、どうして。

 どうして俺たちは、こんな場所にいる?)


「レイン?」


黙り込んだ俺を心配したのか、ティアがそっと顔を覗き込んだ。


「ごめん。ちょっとぼーっとしてた。……カーディナの。屋敷の俺の部屋だったから、驚いて」


そう答えると、ティアはぱちりと目を瞬かせた。


「レインのお部屋?」


きょとんとした声で言うと、改めて周囲を見回す。

興味津々といった様子で、ベッド脇の棚や机へ視線を向けた。


それから次の瞬間、勢いよくベッドから降りた。


「あ、おい……!」


止める間もなく、机や棚の引き出しを次々と開け始める。

さらにはクローゼットにまで手を伸ばし、容赦なく中を確認していった。


まるで、“俺の部屋”というだけで、この部屋の中にあるものを全部把握したいと言わんばかりの勢いだ。


「おまえな……。人の部屋を漁ることに躊躇無さ過ぎだろ……」


若干呆れ気味に言うと、ティアがくるりと振り返る。


「だって気になるもん」


悪びれた様子もなく即答された。


「普通は遠慮とかあるだろ……」

「でも、レインのだし?」

「だからって全部見て良いことにはならないだろ」


呆れ半分で返しながら、軽くため息を吐く。

ティアはそんなこと気にも留めず、次の引き出しへと手を伸ばしていた。


まったく遠慮が無い。

けれど、不思議と嫌な気分にはならなかった。

それどころか、少しだけ肩の力が抜ける。


さっきまで胸の中を覆っていた重苦しい感覚が、ティアの自由すぎる行動に引っ張られるように薄れていく気さえした。


苦笑を浮かべつつも、止めようとは思わない。

それどころか、どこか微笑ましくすら感じていた。


漁るたびに目を輝かせ、興味津々で俺の私物を観察する姿を、ただ静かに眺める。


まるで宝探しでもしているみたいで

「楽しそうだな」

と、思わず零した。


そんな呟きに、ティアはぱっと顔を上げる。

そして、花が咲くみたいに満面の笑みを浮かべ、力強く頷いた。


「うん!だって、レインのこと、いっぱい知れるから!」


無邪気過ぎる返答に、思わず瞬きをしてしまう。


ティアの表情には、一切の迷いも打算もなかった。

ただそこにあるのは、俺のことをもっと理解したいという、子どもみたいに素直な欲求だけだ。


「……変なやつ」


呆れたように言いながらも、自然と口元がわずかに緩んだ。

からかうような響きのはずなのに、どこか柔らかいものになってしまった。


「レイン!見て見て!」


弾けるような声に呼ばれて、反射的に顔を上げる。


いつの間に引っ張り出したのか、ティアは衣装棚から俺の服を勝手に持ち出し、元々着ていた黒い服の上から羽織っていた。


当然のことながら、サイズは合っていない。

ぶかぶかの上着は肩から今にも落ちそうで、袖は指先ごとすっぽり覆い隠している。


それなのに、本人はやけに満足げだった。


「どう?えへへ、レインの服!」


得意げに両腕を広げる。

白い髪がふわりと揺れて、長過ぎる袖がぱたぱたと揺れ動いた。


「どうって、ぶかぶかじゃん」


呆れた声が漏れる。


だが、ティアは気にした様子もなく、その場でくるりと一回転した。


裾がふわりと舞う。


「でもあったかいよ?」


「そういう問題か?」


「あとね、ちょっとレインの匂いする」


「っ、おま……!」


思わず変な声が出た。

自分でも情けないと思うくらい、間の抜けた反応だった。


ティアはきょとんとした顔をした後、悪戯を思い付いた子供のような笑みを浮かべる。

そして、余った袖にわざとらしく顔を埋めた。


「落ち着く」


「やめろ、なんかすごい恥ずかしい……!」


慌てて手を伸ばして止めようとする。


だがティアはひらりと後ろに下がり、するりと距離を取った。

そのまま楽しそうにくすくすと笑いながら、こちらの手が届かない距離を保ちつつ逃げまわる。


その拍子に、長い裾を踵で踏んでしまった。


「わ……!」


ぐらりと、ティアの身体が傾く。


「っ、危な……!」


反射的に腕が伸びる。

考えるより先に身体が動いていて、倒れかけたティアをそのまま抱き留めていた。


そのまま勢いが殺しきれず、ティアが胸元へ飛び込んでくるような形になる。

ふわりと白い髪が視界を掠めた。


「ったく、大丈夫か?」


「う、うん」


腕の中で支えたまま問いかけると、ティアはぱちくりと瞬きをする。

それからへにゃりと力の抜けた笑みを浮かべた。


「えへへ、捕まっちゃった」


「自分から突っ込んできただろ……」


呆れ混じりに返しながら、腕の中の身体を支える。

ティアはまだ笑ったまま、俺の服をぎゅっと掴んでいた。

ぶかぶかの袖がずるりと落ち、隠れていた指先が少しだけ覗く。


「でも、レインあったかい」

「はいはい」


適当に返すと、ティアは満足そうに目を細めている。

さっきまでの騒がしさが嘘のように落ち着き、ただ腕の中で満足そうにしていた。

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