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呪華ノ鎖  作者: 雪ねこ
第三章
102/117

その言葉は、ずるいもの

時計の針がとっくに頂点を過ぎた時間。


ベッドの上で横になるわけでもなく、ただ壁に寄りかかるようにして座っていた。

姿勢を変える気力も無いまま、ぼんやりと暗闇に身を沈めている。


灯りはつけていない。

部屋の中にあるのは、窓の隙間から差し込む月明かりだけだった。

白く冷たい光が床に細い筋を落とし、静けさをさらに際立たせている。


妙に目が冴えてしまって、眠れない。


手元にあるのは1枚の紙。


カーディナの屋敷、その禁書庫で見つけたもの。

クローディアスやティアが内容を目にしてしまうよりも前に、反射的に隠してしまったものだ。


本来ならこれも、みんなと共有しなければならない類のものだろう。


そう理解しているのに、出来なかった。


理由なんて分かりきっている。


モノクロの、自分の顔写真。

自分の出生の記録。

それが書かれている紙だったのだから。


信じ難い。

信じたくない。

目を背けたくなる内容が、そこには書かれていた。


自分が家族だと信じていた両親との間に、血縁関係は一切存在しない。

その事実が、淡々とした文面で記されていた。


そして、その上から重ねるように記されていた、赤い文字。


“器候補”


まるで重要事項を記すように、太く、はっきりとした筆跡で書かれていた。


それを目にした瞬間、考えるよりも先に、手が動いていたのだ。


何度見直しても、内容が変わるわけではない。

分かっているはずなのに、それでも視線は文字をなぞってしまう。


自分が見たものが嘘であってほしいと、どこかで祈るような気持ちのまま目を通し、

そのたびに、何も変わらない事実だけが、容赦なく突き付けられた。


「……レイン……?」


ふと、俺の太股を枕にして眠っていたティアが、目を覚ます。


眠そうに片手で片目を擦りながら、上半身を起こした。

まだ完全には意識が戻りきっていない様子で、ぼんやりとこちらを見上げている。


「悪い。起こしちゃったか」


ティアは小さく首を振った。


「ん……、だいじょぶ……」


白い髪が肩に落ちて、小さく揺れる。


ティアの視線が、俺の手元の紙へと向けられた。

ぼんやりとしていて、隠すことすら忘れてしまった。


「それは……?」


見付かってしまった以上、今さら隠すには遅過ぎる。


そもそも最初から、独りで抱えるには重すぎた。


隠したいという気持ちと同じくらい、どこかで誰かに吐き出してしまいたいという感情も、確かにあったのかもしれない。


だからこそ、ティアが目を覚ましたと分かっても、隠すという考えが浮かばなかったのだろうか。


「……禁書庫で見付けたやつ」


短く、ぶっきらぼうに言ってしまった。


素っ気ない態度になってしまった自覚はあるのに、ティアは気にする様子もない。

それどころか、そのまま身を乗り出して、そっと俺の頬へと手を添えた。


「嫌なこと、書いてあったの?」


問いかける声は、あまりにも静かで、あまりにも優しい。


傷付いた心に染み入るようなその声に、思わず泣きそうになってしまう。


明かりをつけていないとはいえ、あれだけはっきりと赤字で書かれていた内容だ。

普通なら、何かしらの反応があってもおかしくない。


それが無いということは、ティアはあの文字を読めていないのだろう。

俺の手元にある紙に書かれている内容が理解出来ていないのは確実だ。


俺はぽつり、ぽつりと、その内容をティアに打ち明けた。


言葉はまとまりがなく、途切れ途切れで。

自分でも何を順に話しているのか分からないまま、ただ胸の内にあるものを外へ押し出すようにして紡いでいく。


きっと、分かりづらい説明になっていただろう。


ティアは黙って静かに、俺の話に耳を傾けてくれた。

否定もせず、疑問もぶつけてこない。


それがひどく心地良くて、救われる思いだった。


俺がひと通り話し終えたことを察したのか、ティアは何も言わないまま、そっと腕を伸ばした。

次の瞬間、身体が抱きしめられる。

頭を包み込むように、細い腕が静かに回されていた。


「……レイン」


耳元で、名前が呼ばれる。


「血の繋がりっていうのがどれだけ大事なのか、私には分からない。でも……、きっと、すごく嫌だったんだよね。それなのに、よくわからないものに選ばれて、混乱してるんだよね。……みんなに隠しちゃうくらい」


少し間を置いてから、ティアは続ける。


「大丈夫。……レインは、レインだよ」


抱きしめる腕に、わずかに力がこめられた。


「それだけは何も変わらない。レインが本当のレインじゃなかったとしても。私にとっては、今、私の目の前にいるレインが、私のレインだから。私が変わってしまっても、受け入れてくれたように。私は絶対に、レインを否定しないから……」


張りつめていたものが、ほんの少しだけほどける。

ティアの腕の中にいるまま、ゆっくりと息を吐いた。


「……否定、しないって」


小さく繰り返すように、言葉を続ける。


「そんなの……、ずるいだろ」


あまりにも弱々しい。

夜の静寂の中、俺の声が溶け込んでいった。


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