ゲームにいなかった“異物”
ルクレツィア視点
「じゃあ、リディアは……サブヒロイン?」
タロウの何気ない一言が、
胸の奥で小さな爆ぜる音を立てた。
サブ?
いや、違う。
そもそも――
《乞い願う恋》に
リディア公爵令嬢なんてキャラは存在しない。
彼女は、ゲームのデータにいない“異物”。
なのに、この世界では誰より輝き、
誰より人々に愛され、敬われ、
そして――攻略対象者たちの心すら狂わせている。
(本来のヒロインは“私”。
そのはず、なのに……)
タロウは、紅茶を飲みながら軽く言った。
「シンは完全に依存ヤンデレ枠だし、
王子の重い愛もガチだし、
幼馴染のヒキャルは……ほら、あれ。
本来なら王宮騎士団で最年少昇格して
“ヒロインと出会うキャラ”なんだろ?」
その瞬間、脳裏にクリック音が走った。
(……ヒキャル。
本来の彼は“序盤の救済イベント”で
ヒロインを助けるのが出会い。
剣術に秀で、若くして王宮騎士団に入る
“王道の騎士ルート”。
その後、ヒロインが選べば
命を懸けて愛を貫く“殉愛ルート”へ進む……)
だが現実は――まったく違う。
ヒキャルは“公爵令嬢リディアの護衛騎士”として
世界設定から外れてしまった。
本来なら、王都でヒロインと運命的に出会うはずだった。
ゲームの“殉愛の向かう先”――
あれはヒロインに捧げられる愛であるはずなのに。
そのすべてが、
リディアという“存在しなかった少女”に吸い寄せられている。
(……つまり。
リディアが現れた事で――
彼のルート自体が消えてしまったの?)
タロウは続ける。
「だからさ、もしゲームだったら……
リディアはサブヒロイン、もしくは隠し枠っしょ。
登場した時点で“全部持ってく”タイプの。」
私は凍りついた。
(そんな……冗談じゃない。
“隠しヒロイン”なんて、聞いてない。
そんなキャラ、いなかった。
いなかったはずなのに――)
タロウは軽く笑う。
「でもリディアがヒロインでも
別に良いんじゃないか?
だってあの人……普通じゃ勝てないし。
強いし、優しいし、可愛いし。
メインヒロインの風格あるよ?」
胸が、じわりと揺らいだ。
(ヒロインの風格……
確かに、ある。
認めたくないけど――
彼女は世界を救った。
勇者の魔王化ルートすら回避した。
そんなヒロイン、他にいる?)
ふと、気づく。
アイキムの愛も、シンの愛も――
ゲームより“重く”なっている。
あれほど激重と言われたゲームのヤンデレを、
軽々と超えてしまっている。
攻略対象者の“愛の力”すら
この異世界は書き換えられているのかもしれない。
そして、その中心にいる少女は――
ゲームのどこにも存在しなかった“リディア”。
(……まさか。
この世界の物語は、最初から
《乞い願う恋》ではなかった……?
リディアが登場した瞬間から、
すべてが別ルートに入った?)
タロウは天井を見上げて笑った。
「まあ、俺は別にいいけどね。
俺はルクレツィアさんと結婚するためにいるし!」
「な……っ」
思わずむせかけた。
彼は続ける。
「ゲームがどうとか、
誰がヒロインとか、
そういうのよりさ――
今の世界で誰と笑って生きたいかだと思うよ?」
あっけらかんとして、
けれど真っ直ぐで、
世界のルートなんて軽々と飛び越えるような言い方。
(……ああ。
私は、ヒロインを外れたんじゃない。
リディアが“主役の物語”を作ってしまっただけ。
そして私は――
この戦いの後に始まる
“自分の物語”に入ったんだ。)
胸の奥で、
静かに、何かがほどけた気がした。




